無意識さんとともに

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催眠の現象学23 レッテル貼りに代わるもの

「このツールの実証性について科学的根拠やデータを持っているわけではありませんが、リフレクソロジー(反射療法)は、中国で生まれて以来5千年の歴史があるとされています。道教の流れを汲んでいるという説もありますが、インカ帝国や古代中国で行われていたのものが起源であるという説もあります。また、手のひらと足の裏は、さまざまな身体器官に作用するエネルギーの通り道であるとも言われています。しかし、ここでは、その実証性を証明することより昔からの『智慧』を利用して、想像力を豊かにすることに関心があるのです。もし、それが錯覚や幻想であったとしても、私たちの智慧として実際に存在して併用してきたのですし、このツールを使うことで、あなた自身の思いを実現するのに役立つグラウンディング(地に足のついた)感覚と身体的な気づきを増すこともできます。

これによって、チャクラシステムという考え方が科学的に証明されるわけではありませんが、事実、何世紀もの間使われてきたのですから、私たちが望む目標を達成するのに役立つツールであることに間違いはないでしょう。どんな現代科学においてもそうですが、これまでご紹介してきたツール同様、

仮説が実証可能であるか否かということより、どれだけ私たちの目的に役に立つかということが大切なのではないでしょうか?」(「願いをかなえる自己催眠」スティーブン・ランクトン p.166 下線部は風宮によるもの)

 

こんなに長々と引用したのは、最近、無意識さんによって与えられた気づきとこの箇所がリンクしているからです。

私は「これは原理主義だ」とか「これはスピリチュアルだ」とか、いとも簡単に言ってきたような気がします。

ところが、不思議なことに、私が原理主義だとかスピリチュアルだとか思っているその人のサイトを見ると、その人も他の人や事に対して原理主義だとかスピリチュアルだとか主張していることがよくあるのです。

つまり、そこからハッと気づいたのは、原理主義だとかスピリチュアルというのは、大抵の場合、明確な定義に基づいて言われたものではなく、『私はあなた(あなたたち)とは違う』というレッテル貼りであることが多いということです。

そして、そのレッテル張りの表の基準として(裏の本音の基準は上に書いた通りですが)、実証可能か(「それにはエビデンスがあるの?」「それって科学的なの?」など)という基準が持ち出されるわけです。
自分もこういうレッテル貼りを何度となくやってきたわけで、これは実に耳の痛い話です。
けれども、ランクトンは、そういう基準に代えて、もっとプラクティカルな、実際に役に立つ基準を持ちだします。

それが「仮説がどれだけ私たちの目的にかなうか」ということです。

この基準は、無意識さんから来ているものだと私は思います。

レッテル貼りをやめると、もう何でもござれということになって、どんな怪しげな迷信やカルトでさえも信じ込むようになるんじゃないかと思う人もいるでしょうが、そうではないのです。

「仮説がどれだけ私たちの目的にかなうか」、私たちの目的に役に立つのかを基準にすれば、そういうことから免れるのです。
ただ、私たちは「仮説がどれだけ私たちの目的にかなうか」ということから逸れて、その仮説を信じ込んでしまったり、自分の仮説と違うという理由で他の仮説を退けてしまったりします。
その時に、この基準、「仮説がどれだけ私たちの目的にかなうか」ということに立ち返るなら、そういう信じ込みから自由になり、また、自分が試したことのない他の仮説については、「わからない」と言えるようになるのです。