額に誰かの手が置かれているのを感じた。
その手がとても温かくて、痛みに引き裂かれた心と体が少し落ち着いてくるような気がする。
そのまま、目を閉じていたかったが、思い切ってゆっくりと目を開けた。
目を開けると、左側に、ヨシコ先生が床にそのままひざまずいて、私に手を置いて祈っているのが見えた。
「ごめんなさいね、私たちのことで巻き込んで」
ヨシコ先生は、私の顔を覗くように見て、そう言う。
『そんなことありません』と言おうとしたが、言葉が出てこない。
唇が動くのは感じられるのだが、肝心の音が出てこない。
辺りを見回すと誰もいない、『ああ、総会は終わったんだな』、『結局、どうなったんだろうか』、そんな言葉がしくしく痛む頭の中を反響する。
「もう少し、横になっていた方がいいわ」
ヨシコ先生は少し微笑んでそう言う、知らない間にかけられているタオルケットを肩のところまで掛け直しながら。
頭と体がジンジンと痺れるような気がして、今度は眠りの中に落ちていった。
20分か、30分経ったのだろうか、目を覚まして時計を見てみると、1時間も経っていた。
ヨシコ先生は、折りたたみイスの上に座って、白い革表紙の聖書を読んでいた。
夕陽の黄金色の光が額をちらちら照らしていた。
「ヨシコ先生」
今度は、自分でも驚くぐらい大きな声が出る。
「起きたのね、大丈夫?」
ヨシコ先生は、聖書から目を離して、こちらの方を見る。
私はただ、うなずく。
「ちょっと、待ってね」
しばらくすると、ヨシコ先生は白いトレイを運んで戻ってきた。
「こちらに来られるかしら」
私は、立ち上がると、思ったより体が回復していることに気づいた。
ヨシコ先生がいる会堂の隅のテーブルとソファのところに歩いていった。
そうして、向かい合わせに、ソファに腰かけた。
テーブルの上には、何の模様もない、真っ白なティーカップが2つ置いてある。
「ふだんは、教会のメンバーに合わせてコーヒーを飲んでいるけれど、ほんとは紅茶が好きなの」
いつものヨシコ先生は違う感じがした。ヨシコ先生の中にずっと眠っている少女がしばし目を覚ましたような。
「私もコーヒーはあまり得意ではないんです」
ブラックアウトした後なのに、そんな言葉がスラスラ出てくるなんて。
「そうなんだ、よかった…じゃあ、あなたの話を聞かせてくれるかしら」
少し、顔を覗かせた少女はまた眠りに戻っていったようだ。
「でも、いいんですか、こんな時に」
「いいのよ、これが私たちの仕事だから」
ヨシコ先生は、長いまつ毛を瞬かせながら、そう言った。