無意識さんとともに

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黎明〜鬱からの回復 51 審判

私は、藤堂さんとの約束通り、その日の夜遅くに、光に電話した。

 

机の前に、携帯電話を置いてから、かけようかと何度も逡巡する。

そんなことを繰り返してから、ついには諦めたように番号を押した。

 

すぐに光が出た。

「どうしたの?こんなに遅くに」

何だか、妙に明るい声に聞こえてならない。

この、やけに明るい声を聞いてしまうと、これから言おうとしていることが、大気圏を突破しようとしているロケットにかかるGのように感じてしまう。

「いや、なんでもないんだけど」

「なんでもないってことはないでしょ。こんな時間にかけてきたことはないのだから」

「藤堂さん」
「恵ちゃんがどうしたの?」

そうか、藤堂さんの下の名前は恵だったのか。そんなことさえ、私は知らなかったことに、我ながら驚いた。
「実は、カラオケでふたりで礼拝しているんだ」

「えっ、ふたりきりで?」

「最初は、他の人もいたんだけど」

「…信じられない。たったふたりきりでカラオケで礼拝なんて」

「…もちろん、何もないよ」

何もないと言いながら、そして何もないと信じながら、微かに胸に痛みが走る。

「そういうことじゃない!」

急に、光は携帯のスピーカーが壊れるんじゃないかと思えるような、大声を出した。

「私以外の人と、カラオケでふたりきりでいるなんて!」

「ごめんよ」

「ごめんじゃないの!しかも、一体、いつから?」

「もう、2ヶ月ぐらい」

「どういうこと?その間、ともちゃんも恵ちゃんも、私を騙していたってわけ?」

「騙すつもりはなかったんだよ。ただ…」

「ただ、何よ。言えるなら言ってみなさいよ」

こんなに怒る光は初めてだった。私は何か言おうとしたが、口がパクパクするだけだった。

「もう知らないわ、勝手にしなさいよ!」

今までの勢いを上回るすごい勢いで、電話が切られた。

 

その後、何度、電話しても電話に出ることはなく、メールにも一切、返事はなかった。

それでも、それでも、私は、藤堂さんとのカラオケでの礼拝を辞めることはできなかった。

 

次の日曜日、大雨だった。いつもの、書店が入ったビルの前に、青い傘をさして藤堂さんは立っていた。

キャメルのコートを羽織っていた。

私を見ると、力なく微笑んだ。

「こんにちは」

「こんにちは」

「あれから…光ちゃんとは連絡とれましたか?」

「いや、まったく」

私は首を振りながら言った。

「私も」

私たちは、雨の中、そんな会話をしていたが、どちらからともなく、いつものカラオケのある階にエレベーターで向かった。