無意識さんとともに

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黎明〜鬱からの回復 49 部屋にて

「家に何もないので、途中でお弁当を買いましょう」

藤堂さんは、それほど大きくない駅の北口の階段を降りるとそう言った。

もう、辺りは真っ暗だった。こちらは住宅街ばかりなのか、灯りがほとんどない。

私たちは、途中で、チェーン店のお弁当屋で、それぞれが思いの品を購入すると、時折、ポツポツと灯りが灯るだけの、アスファルトの道路を歩き出した。

「ほとんど灯りがないけど、いつも怖くないの?」

「もう、慣れちゃってますから。それに、今は、神崎さんがいてくれるから」

明るい調子でそう言う。

確か、藤堂さんはひとり暮らしのはずだ。こんな夜に、一人暮らしの女性の部屋に行くのは大丈夫なのだろうか?

そんなことを考えながら、歩いていると、

「ここです」

と言う藤堂さんの声が静かなとばりの中に響いた。

特に、何の変哲もない、2階建てのアパートだった。

「ちょっと、待っていてください」

そう言って、建物の外についている、黒いスチールの階段を、トントンとリズムよく上って言って、ドアをサッと開け、バタンと閉めた。

私は、真っ暗な中で、何か光はないかと、見回し、結局、空の星を一心不乱に見つめていた。

ドアの音がして、また階段を響かせて、藤堂さんが降りてきた。

「お待たせしました」

「ほんとに大丈夫?」

「大丈夫です、サッと片付けましたから」

そういうことではないんだけどと思いながら、藤堂さんの後をついて、階段を上り、中に入った。

ドアを閉めて、部屋に入るなり、甘い香りがする。

これは、ローズのエッセンスオイルの香りだろうか?

「こちらにどうぞ」

キッチンを通って、引き戸を引いて、部屋に入る。

香りがいちだんと強くなる。

小さな白木のローテーブルが置いてあって、その後ろのカラーボックスの上にはアロマポットがあって、キャンドルの火がゆらめいている。
藤堂さんがお茶を入れてくれて、持ってきたお弁当を食べる。

さすがに、いつもと違って、藤堂さんもあまり話さない。

2人きりでカラオケで礼拝することは慣れているはずだが、カラオケに2人きりというのと、部屋に2人きりというのは違う。

「さてと」

藤堂さんは立ち上がって、CCM(クリスチャンコンテンポラリーミュージック)のCDをステレオにセットする。

馴染みのある曲が流れてくる。

私は、目を閉じて祈り始める。

一度、いつものルーティンに乗ってしまえば、ただ、そのルーティン通りに進んでいく。

そうして、私たちの礼拝は、いつも通り、終わった。

ただ、いつもと違うのは、藤堂さんが言い出したことだ。

「言っておいたように、特別に、藤堂さんに祈ってほしいことがあるんですけど」