「家に何もないので、途中でお弁当を買いましょう」
藤堂さんは、それほど大きくない駅の北口の階段を降りるとそう言った。
もう、辺りは真っ暗だった。こちらは住宅街ばかりなのか、灯りがほとんどない。
私たちは、途中で、チェーン店のお弁当屋で、それぞれが思いの品を購入すると、時折、ポツポツと灯りが灯るだけの、アスファルトの道路を歩き出した。
「ほとんど灯りがないけど、いつも怖くないの?」
「もう、慣れちゃってますから。それに、今は、神崎さんがいてくれるから」
明るい調子でそう言う。
確か、藤堂さんはひとり暮らしのはずだ。こんな夜に、一人暮らしの女性の部屋に行くのは大丈夫なのだろうか?
そんなことを考えながら、歩いていると、
「ここです」
と言う藤堂さんの声が静かなとばりの中に響いた。
特に、何の変哲もない、2階建てのアパートだった。
「ちょっと、待っていてください」
そう言って、建物の外についている、黒いスチールの階段を、トントンとリズムよく上って言って、ドアをサッと開け、バタンと閉めた。
私は、真っ暗な中で、何か光はないかと、見回し、結局、空の星を一心不乱に見つめていた。
ドアの音がして、また階段を響かせて、藤堂さんが降りてきた。
「お待たせしました」
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫です、サッと片付けましたから」
そういうことではないんだけどと思いながら、藤堂さんの後をついて、階段を上り、中に入った。
ドアを閉めて、部屋に入るなり、甘い香りがする。
これは、ローズのエッセンスオイルの香りだろうか?
「こちらにどうぞ」
キッチンを通って、引き戸を引いて、部屋に入る。
香りがいちだんと強くなる。
小さな白木のローテーブルが置いてあって、その後ろのカラーボックスの上にはアロマポットがあって、キャンドルの火がゆらめいている。
藤堂さんがお茶を入れてくれて、持ってきたお弁当を食べる。
さすがに、いつもと違って、藤堂さんもあまり話さない。
2人きりでカラオケで礼拝することは慣れているはずだが、カラオケに2人きりというのと、部屋に2人きりというのは違う。
「さてと」
藤堂さんは立ち上がって、CCM(クリスチャンコンテンポラリーミュージック)のCDをステレオにセットする。
馴染みのある曲が流れてくる。
私は、目を閉じて祈り始める。
一度、いつものルーティンに乗ってしまえば、ただ、そのルーティン通りに進んでいく。
そうして、私たちの礼拝は、いつも通り、終わった。
ただ、いつもと違うのは、藤堂さんが言い出したことだ。
「言っておいたように、特別に、藤堂さんに祈ってほしいことがあるんですけど」