「特別に祈ってほしいって、どんなこと?」
「内容は話せないんですけど、特に大切なことなので、頭に手を置いて祈ってくれますか?」
『内容は話せない』という言葉に何だかがっかりした次の瞬間、『頭に手を』という言葉にドキッとする。
「頭に手を?」
「そうです、特別なことなので、頭に手を置いて祈ってほしいんです」
「そうか、わかったよ」
そう言いながらも、躊躇っていた。
「お願いします」
藤堂さんは、私の方を見上げ、促すようにそう言う。
私は、前から藤堂さんの頭に手を置いた。髪に触れているのだが、じんわりと体温が伝わってくる。何だか、心があらぬ方向に持っていかれそうだ。
そんな思いを振り切って、祈り始めた。
「全能の愛であるお父様、私には藤堂さんがどんなことを願っているかわかりませんが、あなたは全て知っておいでになります。
どうか、藤堂さんの願いを、あなたの全能の愛によってかなえてください。
イエス・キリストのお名前によって、アーメン」
それほど長い祈りではないのに、私は額に汗をかいていた。
「ありがとうございます、これで神様は私の願いを聞き入れてくださったと思います」
藤堂さんはじっと私を見つめながら、そう言った。
瞳が濡れているように見えた。
私はコホンと咳をして、つまっている感じがしてならない喉の通りをよくしてから言った。
「そうだといいけどね」
「ひとつ、提案があります」
「何?」
「今まで、神崎さんと私で、ふたりきりでカラオケで礼拝していることは…光ちゃんに言っていないんですよね?」
「うん、私は言っていないよ」
「私も言っていません」
「でも、もう」
そう言いながら、藤堂さんはためいきをついた。
「隠しておくことはできないと思うんです」
『隠しておく?』、そんなふうに考えたことはなかった。
「そうだね」
「ですから、神崎さんから光ちゃんに言ってくれますか?」
「そうだね、話すとしたら、私から言うべきだよね」
その後、藤堂さんは手作りのクッキーを持ってきて、さらに白磁のポットでミルクティーを入れてくれた。
私たちは、紅茶の香気に包まれながら、楽しく会話をした。
「こんな時間が永遠に続いたらいいのに」
藤堂さんは、窓の方に視線を移しながら、そう言う。
私も彼女の視線を追いかけると、さっきはそんなに見えなかったのに、空には満天の星があった。
「ほんとにね」
私も彼女の呼吸に合わせるように、何気なく、そんな言葉を口にする。
別れ際、藤堂さんは、ドアから体の半分を乗り出し、手を振りながら、「さようなら」と言った。
「じゃあ、またね」
私はそう言ったが、何だか、藤堂さんの顔が悲しくてたまらない、そんな表情に見えてならなかった。