怒りのふたが外れて、うっすらと、自分の中に蠢く怒り=リビドーの存在を知ったのですが、それがまざまざと示されたのは、夢を通してでした。
夢の中で、私はフィリピン人の双子の片割れ、弟でした。
その地域では、キリスト教マフィア(実際にあるらしいですが)が牛耳っていて、悪徳司祭が自分の手下を使って、民衆をいろいろ搾取しています。
私は、自前の正義感でそれを暴く新聞記者。
双子の兄は、キリスト教マフィアの司祭の手先。
私は、マフィアを壊滅状態のところまであと一歩というところまで追い詰めますが、彼らに捉えられてしまいました。
時は、まさに、春の復活祭の頃。
司祭は祭服を着て、ねり歩き、後ろを手下たちがいかにも敬虔そうな顔をして行進して行きます。
道の左と右にいる民衆たちは、搾取されていることを考えれば怒って当然なのですが、羊のように大人しく、いや、むしろ、熱狂して歓呼の声を上げるありさま。
それが私の絶望を増幅させます。
私は、縄で後ろ手をされ、さらに首にチェーンを付けられて引きずられます。
首にチェーンが食い込み、血が滴ります。
まさに、生殺しといった状態。
ひどく苦しくて、思わず、「殺すなら早く殺してくれ」と声をあげます。
その声が届いたのかどうか、目のギョロッとした司祭が後ろを振り向くと、兄の耳に何かを囁きかけます。
意識はなくなりかけて、後ろから見ているのでわかりませんが、兄は左右に首を振っているように見えます。
しばらくのやり取りのあと、兄は意を決したように、私のところへと近づいてきます。
帽子を目深に被っているので、顔は見えないのです。
兄は、よろめきながら、それでも私の元にやってきます。
手には、コップ一杯の水を持っています。
焼け付くような私の喉の渇きを知っていたのか、水を差し出します。
私は喉を詰まらせながらも、水を勢いこんで飲むのです。
「兄貴、ありがとう」
「ああ、お前もこれで楽になる」
兄が何だか、微笑んでいるような気がしてなりませんでした。
兄の両手が私の方にまっすぐに伸びてきて、私の首筋に触りました。
それから、思い切ったように、力を込めて私の首を絞めたのです。
あまりに力を入れたからなのか、兄の帽子が落ちました。
そこに見えたのは、私と同じ顔。
けれど、似ているけれども全然違う顔なのです。
それは、昔、聖画で見たあの聖人の顔です。
憐れみに満ち溢れ、両目からは涙さえ、溢れ、頬を伝っています。
薄れゆく意識の中で、私はその天使のような顔に一瞬見惚れましたが、
自分の最も奥深いところから、腹の底から、やけどするように熱く、経験したことのないような激しい怒りが噴き上げて来たのです。
岩盤を打ち砕いて、空中高く圧倒的に噴き上げる何か…
それは言葉以上の何かだったのです。