「ふざけないで。そんな全能の愛が神なら、私たちが、私が苦労して信じてきた意味がないじゃない!」
私は光の手を取ってそこに留めようとする。
けれど、光は手を振り払う。
「神様は正義の神、信じるものには報酬を与え、信じないものからは持っているものまで取り去る、そういうお方なのよ。そういうふうに、小さい頃から教えられてきたし、小さい頃から信じて来たんだから」
藤堂さんは目を開けて、光を見つめる。そして、固く閉じていた唇を開いて何か言おうとする。
「光ちゃん…」
光は藤堂さんの方をまっすぐに見つめて言い放つ。
「恵ちゃんも、こんな馬鹿馬鹿しい神を信じているの?」
藤堂さんは、答えるのに、一瞬、逡巡した後に、答える。
「ええ、私はずっとそういう正義の神に怯えて暮らしてきたの。でも、神様がどんな人も、信じる人も信じない人も分け隔ててをしない神様だって分かって、ほんとに心が楽になったの」
「聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない」
光は立ったまま、両手で両耳を押さえて叫ぶ。
「そんなのは、異端の、悪魔の教えだわ。二人とも揃って、悪魔に騙されて、悪魔の教えを抱いているんだわ」
「そんなことない、よく考えて、光ちゃん。信じない人を全部、地獄に落とす神が本当に愛だと思う?」
藤堂さんは、光を見据えて言う。
光は、ちょっと混乱したような表情を顔に浮かべた。
けれど、すぐその後に、目を大きく見開いて言った。
「わかったわ、あなた、ともちゃんのこと好きなんでしょ?だから、こんな悪魔の教えを彼に吹き込んで、彼の魂ごと自分のものにしようとしているのね」
「光、そんなことじゃない。神様が全能の愛だと言い出したのは、私の方なんだ」
「そんなこと信じないわ、それで全てがスッキリ筋が通るもの」
藤堂さんは何も言わなかった。ただ、自然に手を組んで、祈るような姿勢を取っている。
「あなたは、どちらを取るの?私と正義の神様か、それともこの女と偽りの神か?」
「私は…取れない」
私は小さな声で言った。あまりに小さな声で言ったので、自分でもなんと答えたのか、わからなかった。
「もういい、その女と一緒に、偽りの神と一緒に、地獄に落ちるといいわ!」
光は、ドアをものすごい勢いでバタンと閉めて、出て行った。
部屋には、私と藤堂さんが残された。
私はショックのあまり、顔だけではなく全身から冷や汗が流れて、床に汗の水溜りができるのではないかと思った。
体が前に折れ曲がっていて、顔を上げることさえできなかった。
そうして、動悸がひどくなり、いつの間にか意識がブラックアウトした…のではないかと思う。