私はおずおずと携帯の応答のボタンを押した。
「もしもし」
「ともちゃん」
久しぶりに聞く光の声は妙に明るい。
何だか、別人のようだ。
「今、ひとり?」
「いや…その、藤堂さんと一緒で。今日は他の教会に行ったから」
しどろもどろになりながら、なんとか答える。
「そう、大丈夫よ」
一体、何が大丈夫なんだろうか?
以前の光のあの剣幕を思い出しながら聞いた。
「もう大丈夫なの」
「どういう意味?」
恐々しながらも聞いた。
「ともちゃんと私は結婚することになったから」
「えっ、今、なんて?」
「私たち、結婚することになったのよ」
「どういうこと!」
思わず、声を張り上げた。
近くにいた藤堂さんがこちらを大きな瞳でじっと見つめる。
「神様が言葉を与えてくれたのよ」
「言葉、何の言葉?」
「聖書の言葉に決まってるじゃない。クリスチャンは神様の言葉に導かれて結婚するんだから」
そう言われると返す言葉がなかった。
「ともちゃんにも神様の導きの言葉が与えられているはずよ。ほら、言ってみて」
何も浮かばなかったが、光の言葉の勢いに押されて、口から出まかせに言ってみた。
「それそれ、私に与えられたのと同じ言葉よ」
「今、思いついた言葉を言ってみただけなんだけど」
「でも、一致しているんだから、神様からの言葉よ」
「そうか…」
なぜか自分が死刑に宣告された気がした。
「それで、そちらに行くことに決めたから。親に言って、アパート借りて、そちらで仕事も探すから。だから、カラオケで3人で礼拝よ、というわけでもう何も心配しなくていいわ」
あまりのことに、何も言えなかった。
「そうして、頃合いを見計らってから、結婚するのよ。また、神様からの言葉があるはずよ。じゃあ、また、行く日が決まったら連絡するね。恵ちゃんにもよろしく」
何かをいう間もなく、光は電話を切った。
私は茫然と立ち尽くしていた。
どれぐらい時間が経ったのだろうか。
自分の右肩に手が置かれているのに気がついた。
「光ちゃんはなんて?」
「うん、それが」
私は、光から聞いたことを全部包み隠さず、藤堂さんに話した。
聞きながら、藤堂さんは震えているようだった。
「おめでとうございます、神崎さん」
そう言われても、全く実感がなかった。
藤堂さんの方を見ると、藤堂さんの瞳が涙で溢れているのがわかった。
周りは、夕方になって乗り降りする人の数が増えている。行き交う人がちらちらとこちらの方を見てくる。
そんなことにも構わずに藤堂さんは涙を流し続ける。
私も一緒に泣きたいような気持ちに駆られた。
でもそんなことはできない。
私はポケットから使っていないティッシュを藤堂さんに差し出した。
藤堂さんはやんわりとそれを拒絶した。
「うれし涙ですから。ほんとによかった」