私は、どれだけ気絶していたことだろう。
気がつくと、私は藤堂さんの膝の上に頭があって、藤堂さんの顔がすぐ真上にあった。
「大丈夫?」
「ああ、もう大丈夫」
私は急いで起きあがろうとしたが、藤堂さんは手で私を押し留めた。
「もう少し、このまましておいた方がいいわ」
「でも…」
私は頭に藤堂さんの腿の弾力を感じていたので、その言葉に困惑した。
「私はもう偽りたくないの」
「ええ、何?」
頭に靄のかかった状態で、私はようやく返事した。気がつけば、額に冷たい汗をかいている。
藤堂さんは、タイミングよくそれに気がついたのか、ポケットからピンクの花柄のハンカチを取り出して、私の汗を優しく拭った。
「私は、私は、神崎さんのことを愛しているわ、あなたが教えてくれた神様とともに」
そうして、私の唇に静かに口づけた。
私は夢うつつだった、もしかしたら、これは本当にただの夢にすぎないのかとも思ったが、そうではない、カラオケの部屋のそれほど明るくないライトの光がやけに眩しく見える。
私は、全身が硬直するぐらい力を振り絞って、勢いよく起き上がった。
ソファがギィっと鳴った。
「だめだよ!」
「神崎さんは、私のことが嫌いなの?」
「そういうことじゃない」
そんなことは考えたこともなかった。しかし、それは嘘だと自分でもわかっている。それでもそれでもそれでも。
「…そんなことになったら、私たちは、光に、正義の神に、本当にただ、そういうことだと、私たちは、悪魔の側だと思われてしまう!」
「神崎さんは、まだ、そんなことが怖いの?」
「怖くはない、怖くはないけど」
そう言いながら、私は身震いした。二重スパイに、今度は、婚約者を裏切った不貞の輩…私は彼らに石打ちの刑にあってもおかしくはない。
いや、もう、目には見えないけれども、すでに、無数の石が私たち目掛けて四方八方から飛んできているような気がした。
「私は怖くはないわ」
「そうしたら、もう、この世界のどこにも私たちの居場所は無くなるかもしれない」
「この世界?そこから飛び出てしまえば、違う、別の、もっと広々した世界があるのよ」
藤堂さんは、なぜか、目を輝かせて言う。
「何もかも失うことになるんだよ、今までの人間関係も何もかも」
「いいじゃない、もういいじゃない、神様が全能の愛なら、それで十分じゃない?」
「そうかもしれない、そうかもしれないけど」
一瞬、私には、藤堂さんの笑みが私を誘惑する悪魔のものに見えるような気がした。
もちろん、そうでないことはわかってる、それでもそれでも。
私は何を思ったか、よろよろと立ち上がって、藤堂さんから離れて出て行こうとした。
そんな私を藤堂さんは引き止めることもなく、座ったまま、ただ、彼女の声だけがした。
「待ってるわ、あなたを」
私は、それに答えることなく、ドアを閉めて出て行った。
それから、私の鬱は悪化して、どん底になった。