無意識さんとともに

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黎明〜鬱からの回復 53 かいま見えた至福は…

私たちが後ろの方のパイプ椅子に座ると、礼拝が始まる。

素人っぽいところがかえって好感を持たせるようなギターの音色が響き、ちょっと古いワーシップソングが前のスクリーンに、日本語で映し出される。

ギターに合わせて歌う人たちの歌声も何だかたどたどしい。

藤堂さんは、今日の上機嫌そのままに、急に、でもそれほど大きくはない声で、声のボリュームをあげる。

『そういえば、この歌は、私たちの母教会でよく歌った歌だった』

そんな思いが心を瞬間的によぎるのと同時に、私も、いつの間にか、声をあげて藤堂さんとハーモニーを合わせていく。

いつの間にやら、藤堂さんも私も、手をあげて、私たちの心と体が共鳴し、共振しているような感じだ。

二人で申し合わせたわけでもないのに、どちらからともなく霊歌(異言で歌う歌)に変わる。

まるで、天使が空から降りてきたようだ。

あの宣教師が私たちの方を振り向き、微笑みかける。

正面の一面ガラス張りの窓からは、いっぱいに、陽光が注ぐ。

『ああ、このまま、神様の美しさと温かさを感じながら、藤堂さんとふたりでいられたら…』

そんなことを思って、藤堂さんの方を見ると、藤堂さんも偶然なのか、私の方を見ている。

何の曇りもない至福。

礼拝が終わると、あの宣教師が私たちのところに、また駆け寄ってきて、最初は、藤堂さんとハグし、次に私とハグをした。

「あなた方のハーモニー、そして霊歌、なんて美しいの。こんな美しいもの、初めて聞きました。お二人は夫婦ですか?」

「いえ」

「それなら、これから結婚するのね」

私たちは、老婦人の決めつけをあえて否定することは、何だか残酷なことのように思われて、何も答えなかった。

「神様がこのカップルを祝福してくださいますように」

あれほど、曇りのない喜びに満ち溢れた藤堂さんの瞳に、インクを落としたような何かが広がるのを感じた。

帰り道、私たちは何も話さなかった。

ただ、別れ際、藤堂さんはひとりごとのように口にした言葉以外は。

「もう、あの教会に行くのはやめましょう。来週はまた、ふたりでカラオケで」

「そう…だね」

そうして、駅の改札口で、手を振って別れようとしたその時、携帯の着信音が鳴った。

行きかけた藤堂さんは、こちらに戻ってきて、私がポケットから取り出した携帯の画面を見つめた。

そこに表示されているのは、私たちがもっともよく知っている人、つまり光だった。

なぜか、私は出るかどうか迷った。

けれど、藤堂さんは、真剣なまなざしで私を見つめて言う。

「出て…お願いだから、出て」