私たちが後ろの方のパイプ椅子に座ると、礼拝が始まる。
素人っぽいところがかえって好感を持たせるようなギターの音色が響き、ちょっと古いワーシップソングが前のスクリーンに、日本語で映し出される。
ギターに合わせて歌う人たちの歌声も何だかたどたどしい。
藤堂さんは、今日の上機嫌そのままに、急に、でもそれほど大きくはない声で、声のボリュームをあげる。
『そういえば、この歌は、私たちの母教会でよく歌った歌だった』
そんな思いが心を瞬間的によぎるのと同時に、私も、いつの間にか、声をあげて藤堂さんとハーモニーを合わせていく。
いつの間にやら、藤堂さんも私も、手をあげて、私たちの心と体が共鳴し、共振しているような感じだ。
二人で申し合わせたわけでもないのに、どちらからともなく霊歌(異言で歌う歌)に変わる。
まるで、天使が空から降りてきたようだ。
あの宣教師が私たちの方を振り向き、微笑みかける。
正面の一面ガラス張りの窓からは、いっぱいに、陽光が注ぐ。
『ああ、このまま、神様の美しさと温かさを感じながら、藤堂さんとふたりでいられたら…』
そんなことを思って、藤堂さんの方を見ると、藤堂さんも偶然なのか、私の方を見ている。
何の曇りもない至福。
…
礼拝が終わると、あの宣教師が私たちのところに、また駆け寄ってきて、最初は、藤堂さんとハグし、次に私とハグをした。
「あなた方のハーモニー、そして霊歌、なんて美しいの。こんな美しいもの、初めて聞きました。お二人は夫婦ですか?」
「いえ」
「それなら、これから結婚するのね」
私たちは、老婦人の決めつけをあえて否定することは、何だか残酷なことのように思われて、何も答えなかった。
「神様がこのカップルを祝福してくださいますように」
あれほど、曇りのない喜びに満ち溢れた藤堂さんの瞳に、インクを落としたような何かが広がるのを感じた。
帰り道、私たちは何も話さなかった。
ただ、別れ際、藤堂さんはひとりごとのように口にした言葉以外は。
「もう、あの教会に行くのはやめましょう。来週はまた、ふたりでカラオケで」
「そう…だね」
そうして、駅の改札口で、手を振って別れようとしたその時、携帯の着信音が鳴った。
行きかけた藤堂さんは、こちらに戻ってきて、私がポケットから取り出した携帯の画面を見つめた。
そこに表示されているのは、私たちがもっともよく知っている人、つまり光だった。
なぜか、私は出るかどうか迷った。
けれど、藤堂さんは、真剣なまなざしで私を見つめて言う。
「出て…お願いだから、出て」