「俺はまだ本気を出していないだけ」
ある映画の主人公のセリフです。
自分は努力しなくてもできる気がしてしまって、でも、やってしまったら自分が空っぽなのが人にも自分にもバレてしまうので、やらない。
自分の人生は、そんなことの連続だったような気がします。
そうして、ハリボテの自分にいつも怯えていました。
そんなことがバレてしまったら、何と言われるでしょうか?
「どうしようもないやつだ。みんな、苦労して頑張っているのに、お前はなんだ?」
そんなふうに咎められそうです。
そう想像してみただけで、ハリボテに開いた穴を通り抜ける隙間風の、ヒューヒューという音が聞こえてきそうです。
いや、人に言われるまでもなく、自分自身が自分を責めているのです。
『何の実も結ばない、空っぽの人生』
心の中でこんな言葉が、いつも、いつも、いつも反響しているんです。
そうして、言葉を掻き消すために、「俺はまだ本気を出していないだけ」と言ってみるんです。
…
そうやって、下ばかり見つめて残りの人生を過ごそうと思っていたのに、何かの瞬間に、不意に顔を上げてしまって、青い空を見てしまったのです。
青い空から風が吹いてきて、空っぽの自分を吹き抜けて行ったんです。
私の中には、まっすぐな風を遮るものは何もなかったんです。
だから、風は風のまま、まっすぐ、私の中を吹き抜けて、また空に帰っていくんです。
そんなことが何度も何度も繰り返されて、私は何かを聞いたんです。
それは聞いたことのない管楽器の調べ。
そうです、風が私を吹き抜けるたびに、いろいろな音が奏でられているんです。
何とも爽やかな、それでいて心が踊り出すような、経験。
私は、今度はあえて、自分の中を吹き抜ける風の出す調べに耳を傾けたんです。
すると、音が音と重なり合い響き合う調べは、曲へと成長し、風とともに空に上っていくんです。
私は、曲に聞き惚れて、全てを忘れてしまいました。
自分だが誰であるのか誰でないのか、自分が何ものであるのか何ものでないのかさえ。
ただ、私はひとつの楽器として、風の手に取られて、演奏されるばかりなんです。