その日も、お昼をとうに過ぎて、夕方近くまで眠っていた。
「今日の授業、面白かったね」
「〇〇先生のジョーク、つまらな過ぎて面白すぎる」
そんな会話がどこからともなく聞こえる。
いや、近くには私立大学附属の中高があり、そろそろ生徒が近くの道をぞろぞろ下校する時間だから、そんな会話を生徒たちがしてもおかしくはない。
けれど、ここから道路まではある程度、離れているし、玄関の扉も閉まっている。
そんな会話が聞こえるはずもない。
自分の過去の記憶がよみがえったのかとも思ったが、何だか違う気がする。
そうでないとしたら…
体がゾワゾワとした悪寒が走り、私は布団の周りには本が散乱している薄暗い部屋の真ん中で、震え出した。
もしかしたら、いや、もしかしなくても、私はとうとう頭がおかしくなったのかもしれない。
そんな考えが、体の奥底から込み上げてくる。
拭おうと首を左右に振るが、考えはコールタールのようにへばりついて離れない。
『このまま、完全におかしくなったらもう何もわからなくなって、楽になるのだろうか?』
一瞬、そんな思いがもたげてきたが、私は激しく首を振った。
何を思ったかわからないが、私はヨタヨタと立ち上がり、蛍光灯の灯りをつけ、あたりの本の山を探し始めた。
本が崩れるのも厭わず、手鏡を引っ張り出した。
そうして、手鏡で、自分の顔を見た。
もう長いこと、自分の顔を見ていなかった。
そのせいか、それとも違う理由なのか、自分の中の自分の顔は20代最初の頃のものだった。
けれど、そこに映っていたのは、到底、そんな自分のイメージとは全く違う顔だった。
長らく、陽にあたっていないせいか、顔は緑色のように見えて、頬はこけ、目はくぼみ、ホラー映画で見たことのあるゾンビのようだった。
「違う」
私の口から、言葉が漏れた。
「違う、違う、違う…」
一回、口にすると、大水の轟のように、言葉が溢れ、大きくなっていった。
私がそんなふうに叫んでいると、壁を叩く音が聞こえた。
隣の人は夜から仕事に出かけるから、私の声を聞いて、怒っているのだろう。
けれど、そんなこともお構いなしに、私は叫び続けた。
「違う、違う、違う、だめだ、だめだ、だめだ…」
生まれてこんな大きな声を出したことがないぐらい、私は腹の底から叫んだ。
壁を叩く音も止んだ。どうやら諦めてしまったらしい。
私は、布団の上に足を踏ん張って、天井を見上げた。
心と体は、相変わらず、何千、何万ものガラスの破片が刺さっているように、ギリギリ痛かった。
それでも、それでも、私は…