森に彷徨い込んだらしい
目の前に映るのは、一面の樹木
それも見事に黄や赤に色づいた葉をまとった樹々
足元にも枯れ葉が落ちているらしく
歩を進めるたびに、カサカサカサという音が鼓膜に振動する
それだけではなく
足元からキーマンティーのような匂いがして鼻をかすめる
また、同じところだ
どうやら同じところをぐるぐるとまわってしまっているらしい
ちょっとした絶望に駆られて、空を見上げる
空はどこまでも青く澄んでいる
「○○さん」
声を聞いたような気がして、思わず、後ろを振り返る
一瞬、誰かがいると思ったが、
姿はなく、疲れた足に重なった落ち葉の弾力とじんわりした暖かさを感じるばかり
気のせいだと思い直して、力を奮い立たせて、再び、前に向かって進もうと決意して何重にも折り重なった木々を見据えたその時、
「○○さん、わたしはここにいるよ」
今度はさらにはっきりと力強く、斜め後ろの枯れた木々の間から声が
ためらいはあったが、その枯れ木の枝を手に感じながら、声のする方向に進んでいた
防護柵のように枝のクロスするトンネルを通り抜けていく
ただ、「ここにいるよ」という声だけが頼り
枯枝が頬や手にあたり、血が流れているようだ
その先に、その先にあったのは、
周りの茶色に干からびた木々とは対照的に、
緑に輝く一本の常緑樹
折りしも吹いてきた微風に、葉が囁き声のように音を立てる
声だと思ったのは、この音だったのだろうか
駆け寄って、
見上げると、
赤いりんごがひとつ
もいで手に取り、
歯をあてると、
白い果肉から口の中へほとばしり出る甘酸っぱい果汁が染みわたっていく
気がつくと
あの深い森を抜けていた
左側にあるのは校舎らしき建物
目の前にいるのは白い鳩たち
吹き抜ける風の音を耳にして、帽子を手で押さえながら、
たわむれに鳩を追いかけていく
風の中に細くさやけき声が
「ここにいるよ、ここにいるよ、いつもいつまでもどこにいても」