無意識さんとともに

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AとBとC 第四回〜Sとの出会い1

A1

 

気が弱い男性が得意である。と言っても、男性は苦手であり、小さい頃からほとんど女性の友達が多かったような気がする。けれど、気が弱い男性には話しかけやすい。

 

大学での授業が数週間過ぎた頃、私はSと知り合った。

 

Sは大きな階段教室で授業を受けている最中、よりにもよって最前列で、器用なことに教科書を立てて健やかに眠っていた。まるで、スースーという寝息がこちらにまで聞こえてくるようだった。午後の明るい光が茶色の机に反射してまぶしかった。

 

例によって教授は何も言わなかった。私たちの世代は『恵ちゃん世代』と呼ばれ、また大学は『青年幼稚園』と言われていた。つまり、大学4年間はまるで自由であり、よほどのことがない限り卒業できてある程度の収入が保障された企業に勤めようと思えばできた。

 

もちろん、変人の巣窟である我が哲学科の学生は、それに甘んじていたわけでもなく、授業などつまらぬものだと見下していたのであり、代わりにせっせと古今東西哲学書を読むことが本分と考えていたのである。また、就職についても引かれたレールにははなから乗るつもりがない連中であり、就職説明会には哲学科生100名のうち2名しか出席せず、しかも出席した2名はみんなの侮蔑の対象になったほどだった。

 

ともあれ、そういう哲学科にあっても、最前列で眠りこけるほどの厚かましいとしか見えない男をどうして気の弱い男性と判断したのか、そうして声をかけたのかは謎であるが、これから話すエピソードを聞けば、なるほどと思ってもらえるかもしれない。

 

授業が終わって、私たちは喫茶店に入った。

彼は、「自分はタバコを吸うので」と断りをしてからタバコを吸いながら、話し始めた。何を話したのかは覚えていない、記憶に残らない程度のことを話したのだと思うが、豪快な、「ガハッハ」という笑い声と、時折、黒いテーブルを右手の人差し指でトントンと何かのモールス信号でも送るかのように叩いていたことだけはっきり覚えている。

 

ところが、その笑い声とは裏腹に、話しているうちに顔がどんどん青白くなる。しまいには、唐突に話を中断して「もう帰ろう」などと言う。