「今、はまっちとつきあっています」
ぼくは、神楽坂さんにそのことを言う機会はなかった。
「そうか、おめでとう、よかったな」
「はい、ありがとうございます」
窓から入ってくる陽の光で、神楽坂さんのメガネのフレームがきらりと光る。
「おめでたい話なのに、こんなことは言いたくないが、共依存に陥る人間は、共依存を繰り返すものだ。根本的な問題が解決をしない限り」
ぼくは、心臓にナイフが突き立てられる気持ちになった。
「そうすると…ぼくははまっちとも共依存に陥っていると…?」
ぼくは、自分の声がささくれ立つのを感じた。
神楽坂さんは、メガネの奥の大きな目をさらに大きくして、まっすぐな視線でぼくを射抜く。
「今はわからないが、過去に」
ぼくははまっちとの過去を神楽坂さんに話したことはない、というよりそれはぼくとはまっちの秘密だった。
「そうですね、そうかもしれません」
ぼくは何をどう言ったらいいかわからなかった。けれど、神楽坂さんの言葉は真実だと心が告げている。
「ほんとは君みたいな人は、私と付き合うとちょうどいいのだけれどね」
真剣な表情が崩れ、笑いながら、神楽坂さんは一気にカップの中のストレートティーを飲み干す。
そうして、日曜日の午後、緑の陽光がさす中で、ぼくとはまっちは何もない更地の上で、抱き合いながら声をあげて泣いていた。ぼくの近くには、土くれから掘り出された泉屋のクッキーの空き缶の蓋が転がっていた。
『楽園を追い出されたアダムとイブも、こうやって抱き合って嗚咽したのかもしれない』
ぼくはしゃっくりあげながら、頭ではそんなことを考えていた。
もう、ぼくたちが帰るあの小屋は存在しない、ぼくたちはあの時に、小5のあの時に戻るすべはいっさい奪われたのだ。
はまっちと共に、そのことを激しく悲しみながらも、『これでよかったのだ、ぼくたちの共依存が終わっていくのだ』という思いがどこからかやってくるようだった。
けれど、このことで、ぼくとはまっちの関係は大きく変化していくのかもしれない。
ぼくは、ふらふらと力なく立ち上がり、はまっちの手をとって起こした。
ぼくが歩き始めると、はまっちはクッキーの缶を胸に抱えて、最初は引きずられるようにして、それからは力なく、けれど自分の意志で歩き始めた。
ぼくたちは何もしゃべらなかった、いやしゃべれなかった。
どこかでオナガがなく声がした。
森は風が吹き抜けて、パラダイスを喪失したはまっちとぼくのために、レクイエムを歌っているように思われた。