朝の光が顔にあたって、ぼくは目を覚ました。
はまっちがぼくの左に…いなかった。ぼくはあたりを見回したが、思わず目が釘付けになって離せなくなった。
部屋の隅にはまっちはいたが、後ろ向きで、上半身裸で、背中だけがこちらに見えていた。はまっちは、ドラッグストアで買った石鹸シートで体と髪を拭いているらしい。
まっすぐで、名人が焼いた陶芸の芸術品のような、なめらかな背中…
見惚れてしまって、思わず触れてみたいと思ってしまった。
そんなことを自分が考えていることに気がついて、自分に動揺して、イスをカタッと言わせた。
すかさず、はまっちは気がついた。
「見ないで!見たら、絶交だからね」
「見ないよ」
「今、見てるでしょ。目を閉じて!」
ぼくは銃を突きつけられた男のように、なぜか両手を上げて目を閉じた。
「目を閉じたよ」
「ちょっと、待ってて。すぐ終わるから」
ぼくは、しっかり目を閉じていたが、目を閉じても瞼の裏に余計はっきりとはまっちの背中が見えて息苦しかった。
「目を開けていいわ」
そこには、いつものはまっちがいた。はまっちは軽く咳払いをしながら、言った。
「今日は、海に行くのよ」
「えっ、海?」
「そう、江ノ島」
「もう泳げないよ」
「そういうことじゃなく、ただ砂浜を歩くのよ」
「歩くだけで楽しいの?」
「素敵じゃない?」
「行くんだったら、えのすいにも行ってみたいな」
「お子ちゃまね。行ったことないの?」
「ないよ。はまっちは?」
「よく遠足とかで行ったわ」
そう言えば、はまっちは神奈川から転校してきたのだっけ。
「お金はある?」
「そうね、まだあるわ」
ふと、不安になった。ぼくたちはこれからどうなるんだろうか。
「明日は明日の風が吹くのよ」
はまっちは独り言のように言った。
「ところで、わたしの背中きれいだった?」
ぼくは真っ赤になってただ頷いた。
…
ぼくたちは、駅の立ち食いそばで、一番安いかけそばを頼んで食べた。月曜日の午前中に小学生二人がいるのだから、当然のように人にじろじろ見られたが、何だかはまっちは気にしないようだった。
それでもなるべく見つかる可能性を避けて、下りの電車に乗って、所沢で西武新宿線に乗り換え、急行新宿行きの電車に乗った。
電車の中ではぼくたちは喋らなかった。はまっちはともかく、ぼくは息をひそめている感じだった。
ただ、西武新宿駅で電車から降り側に、はまっちがぼくの耳につぶやいた。
「わたしたち、逃亡犯みたいね」