イルカとの触れ合いタイムが始まった。子どものイルカがぼくたちの前にやってきた。はまっちとぼくが代わる代わるイルカの額に触れると、うれしそうに「キューキュー」と鳴いた。
「なんて言ってるのかな?」
「生きてるって素晴らしいって言っているのかも」
えのすいを出て、小さな雑貨店に入った。
「外で待ってて」
「何で?」
「内緒の買い物」
「はまっちは秘密が多いなあ」
「神秘的で素敵でしょ」
「まあね」
ぼくは外で待っていた、まだ暑いが、どことなく秋の気配も感じる。
そのうちに、はまっちが茶色の大きな紙袋を抱えて出てきた。何だか、いたずらっ子のような目をしていた。
何か言いたげなぼくに向かって言った。
「さあ、行くわよ」
「どこへ?」
「もちろん、海よ」
「方向が反対だけど」
「えー、何で?」
「江ノ電に乗って違うところで海を見るの」
「ここでも海は見れるんじゃない?」
「それはそうだけど、違うのよ」
「何が?」
「いろいろとね、わたしにまかせて」
「しかたないなあ」
はまっちはぼくの手首をつかんでグイグイ引っ張った。
江ノ電に乗るのは初めてだった。おもちゃのような電車。ぼくが買いたくてもなかなか手を出せなくてカタログを見るだけだった鉄道模型にも江ノ電の車両はある。その憧れの電車に乗っている。カメラがあればなあ。
電車は海沿いを走った、大きく開いた窓から潮風が吹き抜ける、途中、腰越に止まって、次が鎌倉高校前駅だった。
何もない小さな駅だなあ、そう言えばドラマによく出てくる駅かもなんて思っていると、
「さあ、うえっち降りるよ」
返事をするまもなく、またぼくの手首をグイッとつかんで引っ張った。
小さなホームに降りて左を見ると、大きく広がる青い空に青い海。ものすごく開放感がある。
「いいでしょ」
「うん」
「ドラマの中によく出てくるよね」
「うん」
「もしかしてそれで来たかったの?」
はまっちはただこくりとうなずいた。
「ミーハーだなあ」
「違うの、好きな人と…」
小さな声でよく聞こえなかったが、ぼくたちは一瞬目をまっすぐ合わせて頬を染めた。でも、ほんの一瞬のことだった。
「うえっち、行こう」
はまっちはぼくの手首をまたつかんで…いや、今度はぼくの手を握った。ぼくも彼女の手を握り返して、小走りで、横断歩道を渡り、階段を降りて、真っ白な白い浜へ行った。キュッキュと足が音をたてた。
電車の中よりももっと濃い潮風に包まれ、寄せては返す波の音が鼓膜を心地よく叩いた。
はまっちは紙袋を砂浜の波が来ないところにさっと置くと、全速力で海に向かって走り出した。ぼくもはまっちを追って走り出した。
そして、大声を上げて水をかけ合った。
ドラマの中のお決まりのシーンみたいだった。
でも、このドラマは誰のものでもない、はまっちとぼくのドラマという点で、ただひとつのかけがえのないドラマなのだろう。