無意識さんとともに

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自分を生きる

「青くて痛くて脆い」という映画を見た。

これは、性欲動と破壊欲動の物語だ。

性欲動とは、いわゆる性欲ではなくて、誰かのために、何かのために、理想のために、世界のために生きようとすることだ。この自分ではなくて、なりたい自分になろうとすることだ。

破壊欲動とは、そういう性欲動のすることを、あまちゃんだと、現実に合っていないと、理想がかえって人を傷つけるのだと、暴いて引きずり下ろし、破壊しようとすることだ。

けれど、性欲動と破壊欲動は表裏一体だ。それは、シーソーのように、性欲動から破壊欲動、破壊欲動から性欲動へと移り変わる。

この映画は理想を掲げた大学のサークルが生まれ解散する話だけれど、あらゆる人間の作った団体、政治にも宗教にも当てはまる気がする。

言い方を変えると、性欲動という創造神と破壊欲動という破壊神が繰り広げるドラマのようにも見えてしまう。

それは、小さなことでも大きなことでも、家庭でも学校でも国家でも、過去でも現在でも未来でも永遠に続き、そこから逃れることはできないように見える。

しかし、実はそういうシーソーから降りることはできるのだ。

ただ、ひとつ、無意識さんに導かれて、誰かの人生ではなく、誰かの人生に自分を探そうとするのでもなく、ただ自分を淡々と楽しんで生きるだけのことなのだ。