『単独者』、ぼくはそうなのかもしれない。その言葉が、言葉の響きが自分の心を捉えて離さなかった。
その日は、珍しくも、男の友達が数人家に遊びに来ていた。
二瓶君、永井君、太刀川君、川島君だっただろうか。
最初は、皆で大人しくトランプをしていたが、トランプをしていてもつまらないということで、花札をすることになった。もちろん、お金はかけられないから、ただ点数をつけて競うだけのことだが。
しとしきり、花札をやって、それにも飽きたようだった。
急に、二瓶君が言った。
「誰か、キスしたことある人いる?」
みんなは顔を見合わせたが、誰も答えるものはいない。ぼくの頭の中には、はまっちとのキスシーンが当然のごとく浮かんだが、そんな大切な宝物をこの野獣の集まりで披瀝するつもりもない。
「じゃあ、男同士でやってみようぜ、ファーストキス」
太刀川君が面白そうに言った。男子の中に、そういう悪ふざけが流行っていたことは知っていた。けれども、実際に見たことはなかった。
いきなり、ぼくの部屋で、小柄な太刀川君と、さらにもっと小柄な川島君が横になって抱き合ってキスし始めた。
それを二瓶君はさも面白そうに見ていた。永井君は冷ややかに観察していた。
太刀川君は、起き上がると、言った。
「次は誰がやる?」
その瞬間、ぼくの頭の中で、何かが弾ける音が聞こえた。
『花札、男同士のふざけたキス、もうたくさんだ、下品、下品、下品、嫌だ、嫌だ、嫌だ』
ぼくは、靴も履かずに、部屋から飛び出して、庭の柵を乗り越え、家の前の林に飛び込んだ。後ろから、「おい、待てよ」と耳に聞こえる気もしたが、その声自体、気持ち悪くてたまらない。さらに林の中を駆け出して、ひときわ大きな木のところまで来ると、木の幹に両手をついて、ゼーゼーと息をした。体がヒクヒクと痙攣していた。
目の前の風景が、その木を除いて、ガラスのように現実感がなくなり、さらにひびが入って砕け散る感じがした。そして、胸の奥が火傷をしたように熱く痛かった。
『汚い、汚い、汚い、人間は汚い、世界は汚い、滅んでしまえ、滅んでしまえ、滅んでしまえ』とぼくの中の何かは叫び声をあげていた。
それでも、矛盾したことに、ぼくの中の何かが、友達が心配して自分を追ってきてくれるのではないかという期待もあった。
それで、実際に、みんなが木の根元に座っているぼくを見つけた時は、ホッとした。
「どうしたんだ?単なるおふざけじゃないか?」
二瓶君が心配そうに言った。
「ふざけてごめんよ」
太刀川君がすまなそうに言った。
ただ、永井君はいつも通り、冷ややかな目で見ていて、その視線が痛かった。川島君はぼくの方を見ないようにしている気がした。
ぼくは自分が単独者になるしかない運命にあるのではと思い始めていた。