無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 97〜H20 十字架

福井君は、それからは妙に大人しい。何だか、いけないこと聞いちゃったかなと、わたしは思った。もう、授業中に、本は読んでいない、ただ、教科書を立てて、寝ているだけだった。

それでも、ある日、10分休みの時に話しかけてきた。

「浜崎さん、これ、約束の『ぐうたら人間学』。よかったら読んでみて」

福井君は本を手渡しながら、言った。何だか、声がしおらしい。

「うん、ありがとう。こないだは変なこと聞いちゃってごめんね」

「…そんなことないよ。ただ…」

その瞬間、休みが終わって、数学の先生が入ってきた。『ただ…』なんだろう?

わたしは授業に集中できなかった。そのことばかり考えていた。

授業が終わって、いつも通り、家庭部の部活に出ようとしていた。隣の席を見ると、福井君はもう、速攻で帰ったのか、席は空っぽだった。

別棟にある調理実習室に向かって、渡り廊下を歩いている時だった。

ふと、こないだ、福井君と話をしたゴミ置き場が目に入った。

すると、学生服のやせぎすの男子が、ゴミ置き場の横に、膝を抱えてうずくまっている。学生鞄は、近くに無造作に放り出されている。

わたしは、思わず、上履きのまま、近寄った。

「福井君?」

顔を上げると、思った通り、福井君だったが、何だか、顔が苦痛で歪んでいる感じがしてならなかった。

『やっぱり、わたしが昨日聞いたことがそんなにも苦痛だったのかもしれない』、そう思って苦しくなった。

「昨日、ほんとにごめんね」

わたしは、福井君の横に腰をおろして、顔を覗き込むように言った。

「そうじゃない」

福井君は、ちょっと強い語調で言った。

「えっ」

「そうじゃない、そうじゃないんだ、浜崎さんのせいじゃないから」

「うん」

「そうじゃない、そうじゃなくて…浜崎さんは神様っていると思う?」

あまりに、思いがけない質問だったので、頭が混乱するしかなかった。

「神様って?」

「天地万物を創りたまいし神様」

「そんなこと、まるで考えたことないわ」

「そうだろうね、普通は」

『福井君の言葉が自嘲気味に聞こえたのは、気のせい?』

「それと、福井君の悩みと関係あるの?」

思わず、心に浮かべた疑問を口に出してしまった。

福井君は、急に大きく息を吸った。

「この前も口に出したように、うちはカトリックなんだ、代々のカトリック

想像してみた、映画やテレビの荘厳なイメージが頭に浮かぶ。

「うん」

「それで、日曜日には家族揃ってミサに行くし、朝もみんなでお祈りをする」

言葉は理解できても、全然、実感ができない。

「うん」

「そんなに熱心に神様を信じているのに、家では次から次から不幸なことが起こる」

「不幸なこと?」

福井君は、また、大きく息を吸った。

「妹は小5で事故で亡くなっちゃったし、母は病気で寝たきりなんだ」

福井君は、まるで溺れかけてあえいでいるような表情をする、それがわたしにも伝わってきて苦しい。

「それなのに、父は『これは、神様が私たち家族に与えてくださった十字架だ、むしろ喜ばなくちゃいけない』と言っている」

「えっ」

「そんな十字架を背負わせる神様って…ほんとに神様なの?そんな神様だったらいない方がいいんじゃないの?」

福井君は、肩を震わせる。

わたしはどうしたらいいかわからずに、ただ、福井君の背中をさするしかない。

背中に負った十字架をもう降ろすことができるように、それがとんでもない勘違いであっても。