年が明けて、誕生日が近づいてきた。と言っても、誕生日を祝ってもらったことはない。祝ってもらったのは、あの小屋ではまっちと祝ったあの誕生日、9月2日だけだ。
何の偶然か、それとも偶然ではないのか、はまっちとぼくの誕生日は前後していた、はまっちが1月30日、ぼくが1月31日。
はまっちの誕生日に会うのは、難しいとわかっていた。それでも、ぼくははまっちに何かを贈りたかった、はまっちの誕生日をお祝いしたかった。
はまっちに何を贈ったらいいんだろうか?
ぼくの脳裏には、あの夢の女性の背中が焼き付いて離れなかった。
ダイニング兼リビングのそんなに大きくない部屋で、右側の大きな窓から明るい光がさして、少し開いたところから木の香りがする風が舞い込み、女性は黒檀でできたテーブルに向かい同じくがっしりとした赤い布張りの同じく黒檀でできたイスに座って、白いハンドタオルで身体を拭いている。正面には、周りとにつかわない大きな柱時計が一つかかっていて、左側にはよく磨き込まれたキッチンがあり、さらに右側には白い毛玉、よく見るとひだまりに白いチンチラがひなたぼっこをしている。
というふうに、何度も思い返すたびに、だんだんイメージが詳細になっていった。
ぼくはこの夢の場面を残しておきたかったし、これをはまっちに贈りたかった。それで、スケッチブックを取り出し、2Bの鉛筆でデッサンを描き、絵の具を塗り始めた。
絵の具の匂いが鼻をくすぐった。
かなり大胆なことのような気がした。けれど、はまっちなら、「うえっちってやっぱりエッチね」と笑いながら受け取ってくれる気がした。
ただ、母親に見つかったら大変なことになる。ぼくは親の留守や、深夜の誰も起きていない時間に居間で、絵を完成させようとしていた。
それはスリルと不安を感じさせることだったが、いったん取り掛かって集中してしまえば、ぼくは時間を忘れて没頭していた。
昼間、学校に行くと、学校のみんなが遠くに感じられた。そして、影の薄いぼくの分身が教室にいて、ただみんなに合わせているだけのような気がして、本当の自分はこの絵を描いている自分、はまっちとつながって今もあの小屋にいる自分のような気がしてならなかった。
絵はできあがりつつあった。
ぼくは絵に詩もつけたくなった。はまっちが手にとっていたハイネのような詩を。
「糸杉のようにまっすぐな
美わしき背中をした少女よ
ぼくはそなたのことをひとときも忘れたことはない
たとえ、誰がぼくたちを引き裂こうとも
ぼくたちは夢の中で、想いの中で、永遠の逢瀬を重ねる」
ぼくは自分の言葉にちょっと笑ってしまった。でも、絵の裏側にこの詩をサインペンで記していた。