「えっ」
うえっちは、あげかけた腰をまた席におろした。何で、わたしはこんな不意打ちのように、こんな大切な言葉を言ってしまったんだろう。
『その答えは、もう自分でわかっているじゃない』
そう、わたしは、もううえっちを誰にも取られたくないのだ。
「うえっち、わたしと付き合ってください」
わたしは同じ言葉を繰り返した。聞こえてしまったのか、席の向こうに座っているJKがこちらを見ている。
うえっちは、じっとわたしを見る。そして、なぜか、苦悶の表情を浮かべる。
その表情を見ていると、怖くて怖くて、すぐに目に涙が溜まってきてしまう。
でも、最大限の勇気を奮い立たせて、わたしは言う。
「うえっちが好きです、ずっとずっと、あの時から」
あの時っていつだろう、あの小屋で一緒にいた時、それともその前から。
うえっちは、まだ黙っている。
どうして?どうして、すぐ返事してくれないの?
「わかった、はまっちと付き合うよ。ぼくと付き合って、はまっち」
そう言ったうえっちの姿は、なんだか小5の時のうえっちよりももっと幼く見えた。小さな小さな男の子のように見える、どうして何だろう、なんで何だろう。
でも、そんなことは気にしていられない。そんなことを気にしていたら、うえっちはどこかに行ってしまう。
近づいたふたりの道はまた離れてしまう、離れ離れになってしまう。
つかまなきゃ、今、この時をつかまきゃ。
「ありがとう、うえっち。うれしい」
わたしは思い切りの笑顔を作って、うえっちに微笑んでみせた。
「今は…とにかく、授業始まっちゃうよ。行こう」
「うん」
わたしたちは、塾へと急いだ。
わたしは、わたしの左を歩いているうえっちの右手をとって握った。
涙がとめどなく溢れてくる、ああ、あの時、小5のふたりが初めて手を握ってスーパーに向かっていたあのシーンが頭の中に浮かんできて。
でも、わたしの涙は冷たい、どうしてだろう、外はこんなに暑いのに。
塾の教室に着くと、うえっちはさりげなく手を解く。
教室を見ると、あの女の子は来ていない。
席の順番ははっきり決まっていないから、福井君と怜はわたしに気を使ったのか、わたしとうえっちを窓側の左の一番後ろの席に座らせてくれた。
わたしはうえっちの左に座る。
「涙が出ているよ」
うえっちはハンカチを差し出してくれる。わたしは受け取って、涙をぬぐう。
「恥ずかしいな」
「恥ずかしくないよ、かわいいよ」
うえっちの言葉は、わたしの胸の一番中心まで染みとおる気がする。
「ありがとね、うえっち」
「ううん、こちらこそ。はまっち、ありがとね」
わたしは小5のあの時にかえったような安堵感を覚えた、それがかりそめのものだとしても。