チカチカ点滅する玄関の蛍光灯に照らされて、佐伯さんの顔は青白く見える。
家の中は真っ暗だ。
「家の人は?」
「誰もいない」
「誰もいないってどういうこと?」
「…」
ぼくは聞いてはいけないことを聞いてしまったことに気づいた。
「お父さんはもういない。お母さんは今日は帰ってこない」
佐伯さんは置き去りにされた3歳の子どものようにかぼそい声で答えた。
ぼくの心臓は、寂しさなのか、何なのかわからない感情にぎゅっと鷲掴みされてしまったみたいだった。
「そうか、また来るね」
ぼくは、急いで立ち去ろうとした。自分の冷酷さに驚きながら。
「待って」
佐伯さんは、ぼくの袖をつかんできた。
「えっ」
ぼくは手を振り解こうと思ったが、もうぼくの心の中には、佐伯さんが入ってしまっているような気がして、体が動かない。
「お願いだから一緒にいて、ただいてくれるだけでいいから」
ぼくの頭はぐるぐると高速回転した。はまっちのことがまず浮かんだ。そして、それだけじゃなく、卑怯なことに、『誰かに見られたら』という思い。
でも、ぼくは佐伯さんの友達なんだという言い訳もそういう思いと葛藤する。
確かに、ぼくは、佐伯さんに、『大切な友達』と言ったのだ。友達だったら、友達だったら、友達が困っている時は一緒にいてあげなくてはならない。友達が男子であっても女子であっても。
「わかった」
「いいの?もう後には戻れないよ」
その時だけ、佐伯さんの目が光ったような気がした。
「いいよ」
今度は、僕が力なく言った。
ぼくは、佐伯さんと一緒に、真っ暗闇の家に吸い込まれていった。
明かりをつけると、キッチンはこの前来た時以上に、物が散乱していた。ゴミ屋敷一歩前と言ってもいいかもしれない。
佐伯さんは、もうそれを隠そうともしない。コンビニの袋を踏みながら、部屋に入っていく。ぼくもその後をついていく。
そして、部屋のライトをパチンとつける。
佐伯さんが指を指すので、おずおずとベッドの端に座る。
佐伯さんは、机の椅子ではなく、ぼくの左に、ベッドに座る。
ぼくは何も言わなかった。
『どうしたの?』と言おうと思ったが、それがどうしようもない言葉に思えて言えなかった。かと言って、他に言う言葉も持っていない。
ただ、ぼうっと座って、高鳴る心臓の音を聞いている、聞いているうちにそれが自分の心臓の音なのか、佐伯さんの心臓の音なのかわからなくなる。
佐伯さんも何も言わない。
そうやって、ただただ時間が過ぎていった。
佐伯さんは疲れ果てているのか、急にコトっと頭をぼくの肩に預けて寝息をたて始める。
ぼくはそのままに佐伯さんをしばらく眠らせておいた。
そうしてから、そっと佐伯さんをベッドに横にして、布団をかけてから、ブロック塀の家を後にした。