ぼくは部長だから、文芸部の活動に出ざるを得なかった。
佐伯さんとあれから会っていないが、いつまた顔を会わせることになるのかと思うと、胃がしくしくした。
『共依存』、神楽坂さんに言われた言葉が脳裏を離れなかった。
ぼくは、佐伯さんとはまっちの間をふらふらしているコウモリのようだ。そして、そのふたりのどちらにも実は依存しているそういう存在なんだろう。
佐伯さんは自分が佐伯さんを守る存在として、はまっちは自分を受け入れてくれる存在として、依存しているのだろう。今まで、その自覚はなかったが。
そうして、あの小屋がなくなって、はまっちとの共依存にすぎなかった絆が断ち切られた今は、ますますどうしたらいいのかわからない。
佐伯さんとの間にも同じようなことが起こるのか、少なくとも今までのようにはいかない気がする。
そんなことを思って、文芸部の部室のドアを開けようとしたが、ドアレールが錆び付いているのか、破損しているのか、なかなか開かない。ようやく、ガタガタ、キーという音がして開いた。
まず、目に入ったのは、岡本さん、そして伊藤さん、ふたりはいつもと何ら変わることがなかった。
そうして、いつもぼくが座る席から2つ離れたところに、見知らぬ女の子が座っていた。
弱々しい表情をしたおとなしそうな女の子…けれども、それは佐伯さんだった。
シャツのボタンも上まではめて、スカートの丈も通常の丈にし、お化粧もリップもしていない、ただ髪はまだ茶色だったが、もはやギャルっぽいところはどこにもなかった。
家に行った時ももしかしたらもうこうだったのかもしれないが、ぼくは覚えていない。
以前は、ぼくと会うと、「部長〜」と言って子犬のように駆け寄ってきたものだが、もうそんなこともない。ただ、目が合うと、軽く会釈しただけだった。
ちらっと横目で見ると、文庫本を読んでいる。漱石の『こころ』だった。
ぼくは、本の内容を思い出し、また佐伯さんの今の姿を思って、憐れみで心が掴まれそうになった。
『いけない、いけない』
ぼくは、思わず、首を2度3度横に振った。
部室の中には、軽いとは言えない雰囲気が流れている。岡本さんと伊藤さんも口にこそ出さないが、佐伯さんの変化に当然、気づいているに違いない。
そうしているうちに時間は流れ、窓から入る日差しも杏色に変わり、『家路』という曲とともに、部活動終了の放送が流れる。
いつもは、岡本さんと伊藤さんはすぐさま帰るのだが、なぜか動かない。
そして、岡本さんがいきなり言った。
「部長、たまには、全員で帰りにちょっと寄っていきませんか?」