「どういうことかな?」
藤堂先生は特に驚いた様子もない。
「先生から催眠を教えてほしいんです」
ぼくは、再度、今までにないぐらいはっきり言った。
「私の部屋で話そうか」
藤堂先生と僕は、シャガールの絵のかけてある部屋に移動した。
どっしりとしたテーブルを挟んで、先生と僕は向かい合わせに座る。
窓には白いレースのカーテンがかかっていて、春風がさらさらと部屋の中にそよいでくる。
柔らかな日差しが僕の顔を照らしていて、温かい。
「さて、催眠を教えてほしいということだったね、上地君」
先生は静かな笑顔で言う。
「そうです」
僕はそう返事しながら、特待生のことを聞いた時に催眠をかけてもらったことを思い出した。
「どうして催眠を教えてほしいのかな?」
「…」
そう言われて、僕は言葉に詰まってしまった。
どうしてなんだろう?はまっちのこと、希望した高校に行けないこと…どれも合っているようで合っていないような。なんだか、胸の中がもやもやする。
「そうだね、君の心に聞いてみようか?」
「『心に聞く』ですか?」
『心に聞く』って、なんだかわかるようでわからない言葉だ。
「とにかく、やってみよう」
「はい」
「声に出して、私の言う通りに言ってくれるかな」
僕は頷いた。
「心よ、私とあなたの間に邪魔はありますか?」
「心よ、私とあなたの間に邪魔はありますか?」
僕はそのまま繰り返した。
すると、頭の中に、『邪魔はあるよ』と浮かんだ。何だろう、これは?
「邪魔があると言っています」
藤堂さんは頷く。
「心よ、邪魔をする人は誰ですか?」
「心よ、邪魔をする人は誰ですか?」
今度は、『母親』と返ってきた。何だか、心がチクチクする。
「母親と言っています」
藤堂先生は、軽く咳払いをした。
「心よ、母親からの邪魔を排除してください」
「心よ、母親からの邪魔を排除してください」
母親が激怒している顔が頭をかけめぐる。
「心よ、母親からの邪魔を排除したら、教えてください」
「心よ、母親からの邪魔を排除したら、教えてください」
今度は、特に返事はない。
「特に返事がないんですが」
「うん、それでOK」
「そうなんですか?」
僕はちょっと不振そうに藤堂先生を見た。
「毎日、できるだけたくさん、今やったことを自分でやってくれるかな?心が邪魔を排除したら、心から返事は来るよ。別に疑いながらでもOK、心は神様じゃないからね」
藤堂先生は声に出して笑った。
そう言えば、僕が催眠をどうして習いたい理由を聞かれているんじゃなかったっけ?
「そうそう、催眠を習いたい理由はそのうち、心が教えてくれるよ」
藤堂先生は僕の心を見透かしているように言う。
「ところで、すみません、催眠は教えていただけるんでしょうか?」
藤堂先生は、ちょっとびっくりしたような顔をする。
「えっ、今、もう教え始めているよ」
それから、ちょっと悪戯っぽく笑った。
僕は狐につままれた気分だった。