無意識さんとともに

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「心に聞く」ステップバイステップ2−2 イメージの扱い方

「心に聞く」ことを始めていった時、言葉ではなくイメージに頼りがちになるということが起こることがある。
実は、ラカンという人は「無意識は言葉でできている」と言っている。

これは1に書く内容かもしれないが、例えば、こんな感じである。

「心よ、〇〇の支配と邪魔を排除してください」と言って、返事がない場合、一生懸命に、自分で〇〇の鎖を断ち切っているイメージを浮かべる人がいる。

そうして、イメージを浮かべることで〇〇の支配と邪魔を断ち切ろうとするわけだが、これは余計、支配と邪魔に絡め取られることもある。

どうしてなのか?

ひとつには、あえてイメージを浮かべようとして意識的になるから。無意識に任せるのではなく、意識的に自分がイメージを浮かべることで支配と邪魔を断ち切ろうとしているのである。

ふたつめとしては、イメージというのはこれで終わりというのがない。断ち切ったイメージを浮かべても、次の日にはイメージが変わっているかもしれない。イメージは固定化できず、絶えず流動的に流れていく。

けれど、言葉で、「心よ、〇〇の支配と邪魔を排除してください」と言ったら、それで終わりである。
あとは、意識がすることではなく、無意識がすることである。無意識に任せるだけである。

また、今度は、ある程度、心に聞けるようになった後に、返事が言葉ではなく、イメージで返ってくる場合がある。
この場合は、それはそれでいいが、とりあえず保留する。そして、もう一度聞いて、言葉で返事が返ってくるまで、判断を差し控える。

ひとつには、イメージというのはいろいろな意味に取れるから。

例えば、私が自分の憧れの人と話しているイメージが浮かんだとしても、それがどういう意味なのか、これからその人と知り合って親しくなっていく意味なのか、それとも違う意味なのかわからない。
ふたつめには、確かなこととは言えないが、イメージは言葉よりも人を舞い上がらせる力が強いような気がする。特に、過去に、何らかの宗教とかスピリチュアルとかにはまっていた人には、支配と邪魔が排除されて、影響力が薄まった後は、支配者は、言葉ではなくイメージで引き戻そうとしてくることが多い気がする。

まとめると、無意識はイメージではなく言葉でできていること、イメージは排除されるべきものではないが、イメージは常に曖昧であり舞い上がらせる力があることを覚えておくといいかもしれない。