無意識さんとともに

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聖人A 63 スター誕生

困ったことになったなと僕は思った。

キリスト教の世界にも、外の世界と同じく、競争がある。

けれど、外の世界とは逆転した競争で、信仰を競う競争である。

信仰と言っても、ストレートに信仰の強さを競うといったものではなく、『こんな大きな罪を犯した私が、神様に赦されました』という競争なのだ。

アメイジンググレースという讃美歌がある。

奴隷商人だったジョン・ニュートンが自分の罪を知り、その自分の罪を赦す神の恵みの大きさを歌う歌だ。

『驚くばかりの恵みなりき、この身の汚れを知れる我に』

その逆転の信仰は、本当に人の心を打つものがある。

けれど、それさえも人の嫉妬を買い、いつの間にか自分の承認欲求を満たすものになり、競争になり果ててしまう。

次の日、女子修道院にRさんと出かけた。

簡素な建物で、御堂は白い壁に中心には木彫りの十字架像が掲げられている。

白いベールと黒いスカラプリオをまとったシスターたちは、顔で見分けるかしかないが、僕は何だかその顔の特徴を覚えることが容易ではない。

気がつくと、みるみるうちに、Rさんの周りをシスターたちが何重もの円状に取り囲み、僕は円の外に追いやられていた。
耳を澄ますと、シスターがRさんに話しかける声が聞こえてくる。

「本当に素晴らしいわ」

中年女性の声が言う。

「あなたは神様に愛されている愛し子なのね」

20代ぐらいの女性の声が言う。

「あなたもこの修道院に入って、私たちを導いてくれるといいのだけれど」

かなり年齢のいった女性が少女のように言う。

僕は、Rさんにまるで薔薇の花びらが撒かれているようなそんな光景を見ながら、微かな嫉妬とうんざりした気持ちを同時に感じていた。

修道院を出ると、Rさんと僕は喫茶店に入った。

柔らかすぎて体が沈み込むダークグレイのソファに座りながら、Rさんはストローで一口アイスティーを啜ってから言う。

「すごかったわね」

「そうだね」

「これも、みんな佐藤さんのおかげよ」

「僕は何もしていないけどね」

「佐藤さんがトロントから持ち帰った恵みを私は受けて…今は何もかも世界が変わって見えるわ」

「それは何より」

彼女は、何だかとても自信に満ちていた。ミサの時に歌う歌の時に彼女の歌声はとても目立って、今や、歌姫なんて言われているらしい。

ふと、僕は、自分に与えられた賛美の賜物(超自然的に神から与えられた能力)が彼女に伝染したのかもしれないなと思った。

「私、中学生の時にアイドルになりたかったのよ」

「そうなんだ」

僕は、何だかため息をつくしかなかった。