無意識さんとともに

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聖人A 64 子どもがえり

その後も、Rさんは、少数の敵と多数のファンを作りながら、小さな世界で有名になっていった。彼女に祈ってくださいという人たちも増えてきているようだ。

反対に、僕を聖人扱いする人も、助けてほしいという人もだんだん減ってきた。

僕はお役御免になって、何だかホッとした気持ちといらいらした気持ちの二つに心が引き裂かれるようだった。

いつものように、御堂でRさんと待ち合わせていつものお祈りをして、外の木製のベンチに座った。

「昨日、大変なことがあったのよ」

Rさんの言葉とは正反対に、どこからか小鳥ののどかな声がする。

「何ですか?」

僕はRさんの顔が何だかおぼろげに見える気がしてたまらない。

「教会の青年会に出ていたんだけど…」

Rさんは、もったいぶっているのか、それともただ言いにくいのか。

「ええ」

僕は努めて冷静な声を出そうとした。

「急にね、キスされそうになったの」

「ええ?」

僕は急に眼が覚める思いがした。そんなことは聞いたことがない、少なくとも僕が生まれ育ったプロテスタント教会では前代未聞の出来事だ。

「もちろん、安心して。大丈夫だったんだけどね」

「相手の人はどんな人なんですか?」

僕は、自分の声の調子が変わるのを感じた。

「どんな人って、普通の人よ」

「普通の人がそんなことするんですか…信じられない」

僕は怒りだか何だかわからないものが、自分の中から噴き上げて来るのを感じた。

「大丈夫よ、気をつけているから。それにあなたと付き合っていることはみんな知っているし」

確か、前に付き合っていることは秘密にしていると言っていたのに、どういうことだろうか。いつの間にか言っているとは。

僕は激しい衝動を抑えられなくなって、急に彼女を両手でつかみ、抱き寄せてキスをした。止められなくなって何度も何度もキスをした。

彼女はそんな僕を受け入れてくれた。

彼女の腕の中は柔らかで暖かい、僕は蕩けて消えてなくなってしまいそうだ。

右手でポンポンと優しく僕の背中を叩く。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫よ。優君が心配しているようなことは何も起こらないから」

「どこにも行かないで、僕を置いてどこにも行かないで」

僕は、自分でもわからずに泣き出して、自分でも意味がわからない言葉をわめいていた。

「あなたを見捨てることなんか絶対ないわ、いつも一緒よ、今もこれからもずっとずっと」

僕の泣き声はさらにさらに大きくなった。

Rさんは、崩れる僕を胸に抱き抱え、子守唄のような霊歌を歌い出した。

僕は体も頭も痺れて、その歌声を遠くに聞いているばかりだった。