次の日曜日、バス停ではまっちと待ち合わせをして、はまっちと一緒に藤堂さんの家に行った。
「いらっしゃい、さっち、上地君」
藤堂さんには、珍しく、Tシャツとジーンズというラフな格好をしている。
藤堂さんに連れられて、部屋に向かう。
部屋のテーブルのところに、福井君が腰かけていた。
福井君はジーンズをはいて、モカブラウンのジャケットを羽織っている。
部屋には、オレンジのエッセンシャルオイルだろうか、香りが漂っている。
『今日はバラではなく、オレンジなんだ』
僕はそんなことを思った。
「やあ」
「やあ」
男同士の何気ない、短い挨拶を交わす。
「これから、私は怜ちゃんとデートに行ってくるね、うえっち」
「デート?ああ、楽しんできてね」
僕がそう言うと、はまっちは藤堂さんと腕を組んで、何やら楽しげに姿を消す。
テーブルの上には、丸い白磁のティーポットが置いてあり、やはり白磁のティーカップが2つ、脇にティースレーナーもあった。
僕は、とりあえず、カップにティースレーナーをセットして、紅茶を注ぐ。
湯気とともに、紅茶の香気が立ち込める。
「わざわざ、来てくれてありがとう、上地君」
「いえいえ。僕もまた福井君に会いたいと思っていたので」
クリスマスの時に、僕と福井君の間でもう少し話を続けたいような気持ちになったことを何となく思い出していた。
「そう言ってくれるとありがたいな」
クリスマスの時よりは、少しくだけた調子で福井君が言う。
「学校の方はどんな感じですか?」
とは言っても、僕はどう話を進めていったらいいかわからなかったので、そんなことを口にした。
「学校か、つまらないところだよ」
福井君は、眉根にちょっと皺を寄せる。
「確か、カトリックの男子校でしたっけ?」
「そう、砂漠みたいなところだよ」
日が激しく照りつけて足元から熱気が陽炎のように立ち上ってくる砂漠が、一瞬、僕の脳裏をかすめる。
「砂漠ですか?」
「そう、砂漠の神と、神に従う砂漠の行商人と民」
僕は何だか眩暈がした。
「そんなところから抜け出したいと思っているんですか?」
「ああ、一刻も早くね。僕の心はもうそこにはいない、けれども体はまだそこにある…でも、もう高3だから、もうすぐね…」
「もうすぐ、解放の時?」
「そう、解放の時」
「福井君は、その砂漠で何をしているんですか?」
福井君は、急に顔を上げて、目を丸くして見た。
「…何もしていない、ただ見ているだけだよ、行商人と民のやりとりを」
「楽しいですか?」
「楽しいか…楽しいとは言えないかも知れないけど、楽しくないとも言えないかも知れない」