それから、僕はたがが外れたように、自分の衝動が抑えられなくなった。
僕はひとけのないところにRさんを連れて行き、キスをせがんだ。
彼女はその度に、僕をやさしく抱きしめ、僕が小鳥のように唇をついばむのを受け入れてくれた。
僕の背中をポンポンと叩いた。
時には、僕の耳元に口を寄せ、「私の可愛い坊や」と言ったような気がした。
気がしたというのは、よく覚えていないからだ。
僕は夢見心地でぼうっとなっていたから。
ただ、それでも、その言葉は、僕が渇くように求めていたものであるのと同時に、怒りを呼び起こすものでもあった。
そんな頃、トロントブレッシングの火付け役と言われる伝道者が千葉に来るということを聞いた。
僕とRさんは、その大会に泊まりで参加することを決めた。
そして、当日、天気は荒れ模様で、台風も近づいていた。
それでも、僕たちは、案山子のような信仰を頼りにして、電車に乗った。
途中、運休や遅延があったが、神様のお恵みなのかどうか、僕たちは会場に着くことができた。
会場はさすがにガラガラで、当初に予定された人数の5分の1ぐらいだった。
アメリカからやってきたRという講師は、太り気味で、藤子不二雄の描いた喪黒福造に似ていた。
通訳を介して、彼は語った。
「こんな台風の日にやってきてくださった皆さんには、神様から特別な恵みがあります。
私も、今日の皆さんにだけ、特別なお話をさせていただきます。
みなさんは、聖書の中で、イエス様が種の話をしているのを知っておられると思います。
ある人が種を蒔くと、芽が出て、花を咲かせ、30倍、60倍、100倍の実をつけたと言うのです。
この種とは、皆さんが神様に献げる献金のことです。
皆様が、信仰を持って、今、神様に献げるなら、それは必ず、その額に応じて、30倍、60倍、100倍になります。
私が保証するのではありません。神様が保証してくださるのです」
そう言って、献金袋が私たちの間に回された。
ある人は、自分の財布をひっくり返して、残らず、全て献げている。
僕とRさんも催眠術にかかったように、帰りの電車賃以外、献げた。
しかし、強欲な神の伝道者はこんなことでは終わらない。
「さらに、聖霊様は皆様をもっと高い信仰の次元に招いておられます。
今、1時間、休憩を取ります。
皆様は、それぞれ、銀行のATMに行って、もっと祝福の種を仕入れてくることができます」
毛を大人しく刈り取られる哀れな子羊である私たちは、マインドコントロールにかけられて、皆、嬉々として、ATMでお金をおろした。僕もそのひとりだった。
そうして、お金持ちとはどうやっても言えない、清く貧しく美しいキリスト教徒の私たちは、なけなしのお金を献げ尽くす。
「神様は、皆様の信仰を見ておられます。私がまた日本に来る時には、皆様の中から神様の恵みによって大金持ちになった人が多く現れるでしょう」
もちろん、僕たちの中から、その後、大金持ちになった人などいなかった。
今まで、キリスト教界にいて、ここまで露わにこんなことを語った人に会ったことはなかった。
何でも、繁栄の福音ということだった。
他にも、この喪黒福造は、ステージから、自分の本を投げたり、CDを投げたり…ロックミュージシャンばりのパフォーマンスを繰り広げた。