お弁当を食べ終わって、お茶を飲むと一息ついた。
「さて、どうしようかな?夜までにはまだまだ長いし」
何時までという予定は立てて来なかったが、はまっちは夜も何か考えているらしい。
「催眠の練習しようか?僕がはまっちにまだしてないから」
「そうね…お願いしようかしら」
はまっちは顎に指先を当てて言った。どうやら、藤堂さんの真似をしているらしい。
「じゃあ、始めよう」
僕たちは並んで座っていたが、はまっちが立ち上がって僕と向かい合わせになった。
「ある人がトランスに入ってこんなことを言ったんです、『催眠にかかると、時間の中を自由に行き来できるのかもしれない』と。
今、目の前に、僕の姿を見ることができますね、はまっち。
ローテーブルの木の白さも目に入りますね。
その上に乗っている2つの湯呑みも見えるかもしれません。
そうしていると、何だか、瞼が重くなってくるような感じを覚えることもあるかもしれません。
さらに、今、開けている窓のカーテンを揺らす風の音が聞こえるかもしれません、はまっち。
それだけでなく、冷蔵庫のブーンという音も耳に入ってくることもあるでしょう。
僕が話しかけている声も聞こえるでしょう。
そうしていると、それらの音が遠くにまた近くに聞こえる感じがすることもあるかもしれません。
また、自分の脚が畳に触れているその感触を感じることができます、はまっち。
下に敷いた座布団に触れる感触にも注目することができますし、
エアコンの涼しい風が前髪を揺らす感じにも気づくことができるかもしれません。
そうしていると、自分の体が座布団に沈み込んでいくような感じも覚えるかもしれません。
目を開けてはっきり物を見ようとすればするほど、目の前の景色は変わってくるのかもしれません。
そうして、瞼も無意識に重くなってくるのかもしれません。
そうです、瞼を閉じったっていいんです。
瞼を閉じると、本当に楽に感じられることでしょう。
瞼の裏には、ただ明るいぼうっとした光が見えています。
いろいろな色や形が万華鏡のようにイメージを作っていくかもしれません。
いつの間にか、瞼の裏なのか、心のスクリーンなのか、そこにひとつの古い懐中時計が映し出されることもあるでしょう。
その懐中時計を見つめていると、針が左回転していることに気づくことができます。
ぐるぐる針が左に回っていって、時間が戻っていくのかもしれません。
17歳、16歳、15歳、時間がどんどんと戻っているのでしょうか?
14歳、13歳、12歳、11、10、9、8、7、6、5、4、3と」
「今、口を開いて話すことができます。はまっち、目の前には何が見えますか?」