無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 222 エピローグ

僕たちが付き合うことを知っても、誰も驚いたものはいなかった。

みんな、神楽坂さんも佐伯さんも藤堂さんも福井君も、同じ図書委員のみんなも、司書の先生や藤堂先生さえも、僕たちが付き合うようになることを密かに願っていたらしい。

受験勉強は大変だったが、それでも僕たちは2週間に一度は必ずデートをした。デートと言っても、公園や映画に行ったり、ファミレスで話すだけでも十二分に楽しかった。

こんなに長い間、小5の時から知っているはずなのに、僕と幸子はお互いのことをまるで知らないような気がした。

だから、お互いを少しずつ知っていくことには、いつも、色褪せない新たな驚きがあった。

こんなものが好きだとか、あんなものが嫌いだとか、そんなことを知ることがうれしくてたまらなかった。

決して急いでお互いを知ろうとは思わなかった。僕たちのペースでゆっくりと、お互いが無理なく出せるものだけ。

僕は、無限塾のバイトも続けて、第2志望の私立大学文学部哲学科に合格した。

幸子は、希望通り、心理学科に合格した。

僕は、入学金も前期分の授業料も、無限塾で働いて貯めたお金で払い、残りのお金でアパートを借りた。

幸子も、母親が新しい人と再婚するために今のアパートを出ていくために、あらためてアパートを借りて一人暮らしすることになった。

僕たちのアパートは、そんなに遠くもなく近くもなかった。

大学に入って、僕は無限塾の講師になり生活費と授業料を稼ぐのに明け暮れ、幸子は、もうひとつの夢であるシェフになるためにイタリアンレストランのバイトで忙しかったが、それでも僕たちは2週間に一度は、必ず、デートをしていた。

大学3年の終わり頃、誕生日の頃に、僕たちは一緒の家に住むようになった。

「こうすれば、アパート代も節約できるしね」

幸子はそう言ったが、僕には覚悟が必要だった、

僕たちが不動産屋で部屋を探して勧められたのは、赤い屋根の小さな平屋だった。

ある日、いつものように玄関をくぐった。

「ただいま」

返事がない。僕はあわてて、靴を脱ぎ、リビングに入った。

「帰ったの?」

幸子はあちらを向いて体を拭いている。

こちらには、美しいまっすぐな背中が見えている…

こうして、早熟なのか奥手なのか、小5のキスと2回目のキス以来何もなかった僕たちは、初めて結ばれた。

「よくがんばったね」

「お互いにね」

僕も小さい頃からなりたかった小説家を目指し、小説を書くようになった。

僕は、今も、書斎とは言えない、名前だけ書斎と名付けた部屋で、革張りの椅子に座り、幸子が入れてくれたお茶をすすりながら、この小説を書いている。

おそらく、『決められた未来が僕たちを選んだのではない、僕たちがいくつもある未来の中からこの未来を選んだのだろう』、そんな言葉が僕の心を風のように通り抜けていった。

(終わり)