『母親が支配者ってどういうこと?』
確かに、食事が3食あったことはまともにないし、小さな頃は押入れや物置に閉じ込められたり、叩かれたり、怒鳴られたりしたことはある。
けれど、支配者と言えるほど、悪い人なんだろうか?
信じたくない気持ちがあった、母がどんな母でも心の奥底では僕を愛してくれていると思いたかった。
藤堂先生はうろたえている僕をまっすぐに見つめて言う。
「いいとか悪いとかいうことではないんです。支配者はただ支配することが役目であり、仕事なんです」
「いいとか悪いとかという問題ではないんですね」
僕はほんの少しだけ胸を撫で下ろした。
「今は、それ以上のことは言いません、あとは上地君が直接、自分の心に尋ねてだんだん少しずつわかってくることです」
「はい」
僕はわかったようなわからないような返事をするしかなかった。
「心に支配と邪魔の排除をすることは続けてください。その上で、毎日、いつでも、心と会話を続けてみてください。いろいろなことがわかってくるでしょう。どうもこれは受け入れられないなということはとりあえず保留してください」
「心を信じないと悪い気がするんですが」
「心は神様ではありません、もうひとりのあなたです。ですから、心を信仰する必要はないんです、あなたは心と対等関係なんです」
「そうなんですか?」
「そうですよ、心はあなたの一番の親友ですから」
「わかりました、とりあえず、会話を続けてみます」
「ところで、上地君、バイトをしませんか?」
「バイトですか」
僕は少し、とまどった。
「私が上地君に催眠を教える代わりに、無限塾のチューターをしませんか?暇な時に来て、自習室に来ている小学生や中学生の面倒を見てもらえると助かるんですが。謝礼はわずかですが、出させていただきます」
僕に藤堂先生の申し出を断る理由など、どこにもなかった。
「そうだ、このことも心に聞いてみてくださいね」
僕は声に出さないで、心に聞いてみた。
『心よ、僕は無限塾のチューターをすることはどう思う?』
『いいと思うよ、そこから道が開けていくよ』
親友と聞いて、何だかタメ口っぽくなったがこれでいいんだろうか。
「いいと言っています」
「それはよかった、じゃあ、君も今日から無限塾のスタッフですね」
「はい、よろしくお願いします」
僕はうれしいような、ドキドキするような感じがした。
けれど、何だか、心に灯りがぽっと灯ったような気がした。
『心よ、これでいいの?僕にチューターなんてできるの?』
『うん、OKだよ。十分、できるよ』
心が親指を立てて、にっこりしている姿が思い浮かんだ。