時間がどんどん過ぎていく。年が明けると、僕たちの誕生日が来て、まるで砂時計の砂のように卒業式が近づき、ついにはその日がやってきた。
卒業式そのものの内容は、よく覚えていない。
ただ、隣のクラスの女子の列の後ろから3番目のはまっちの方をチラチラ見ていた。はまっちもぼくの方を見つめていた。
その表情が悲しいような苦しいような心細いような、なんとも言えない表情だったのははっきり覚えている。
はまっちの瞳に映るぼくの表情もそれと似たようなものだったかも知れない。
「今日は、ぼくたちの旅立ちの日」
ぼくは中学生になりたくなかった、このままはまっちといたい。別の中学に行きたくない。
けれど、それでははまっちと自由に会える日も永久に来ないのだろう。そう思うと、複雑な思いが胸の中でぐるぐる渦巻く。
「ぼくたち、わたしたちはこの学び舎で過ごしたこの楽しかった年月と」
楽しかったのは、はまっちと過ごした日しかないような気がする。けれど、その日々が『時間よ、止まれ』と言っても止まることはなく、過ぎ去っていく。
「恩師や友の思い出を胸に抱きつつ、新たな世界に巣立っていく」
けれど、ぼくたちは選んでしまった、先に進むことを、分かれ道をひとりずつ進んでいくことを。あの夢の中で、留まることを選んだならば、ぼくたちはあの夢の中で、永遠に一緒にいれたのだろうか?
たとえ、そうしたら、石のように時間は止まり、僕たちも石のようになり、二人で手をつないだまま、スフィンクスではなくぼくたちが石になり、ヒビが入り、砕け散って風に吹き飛ばされていったのだろうか…?
…「6年1組、上地智彦」
乙姫先生の声ではっとした。ぼくは壇上に歩いていって、恭しく、恰幅のいい校長先生に挨拶すると、卒業証書をもらった。
「がんばってすばらしい小説を書いてください」
ぼくはびくっとした。そうか、校長先生にも伝わっていたのか。卒業アルバムの将来の夢というコーナーに、小説家になると書いたのだから当たり前と言えば当たり前だったが。
ぼくはまた一礼をして帰ってきた。
ぼくたちは新設の小学校の第1期生でクラスは2クラスしかない。
たちまち、6年2組が呼ばれる盤になった。
…「浜崎幸子」
はまっちが壇上に上がっていく。紺のブレザーを着て、ポニーテールにした髪が揺れる。大人びていて、一年前のはまっちとは別人に見える。
けれど、校長先生の前に立ったはまっちは一礼すると、急に肩を震わせて泣き始めた。校長先生は驚いていたが、すぐに優しく声をかけた。
「大丈夫、ゆっくりでいいから」
ぼくはいてもたってもいられなかった。
気がつくと、ぼくは走り出していた。
そして壇上に駆け上がり、はまっちの肩を抱いていた。
体育館の来賓席から声がざわざわと聞こえるような気がしたが、ぼくの耳には入らなかった。