無意識さんとともに

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催眠!青春!オルタナティヴストーリー 58〜祝福

はまっちはしばらくの間、すすり泣いていた。ぼくは、肩を抱きながらそばにいることしかできない。そのうち、ぼくもなぜか涙を流していた。

「ゆっくりでいいからね」

校長先生は落ち着いた声でそう言う。

いつの間にか、来賓席も静かになっている。

ぼくははまっちにハンカチを渡すと、はまっちはハンカチで鼻をかんだ。クラスの席からちょっと笑い声が起こる。

はまっちは恥ずかしそうに顔をあげる、でも顔は僅かに微笑んでいる。

そうして、ぼくの方を見て、今度ははまっちがぼくに自分のハンカチを渡して、ぼくの方を見てうなづく。

ぼくも涙を拭って、ハンカチではまっちに負けないように思い切り鼻をかんだ。さらに、生徒の笑い声が起こる。

「さてと」

校長先生が言う。いつの間にか、乙姫先生も隣のクラスの担任も壇上に上がっていて、柔らかい視線でぼくたちを見つめている。

「大丈夫かな?」

「はい」

はまっちがうなづく。

「ゆっくり大人になっていってください、浜崎さん。そして、ふたりとも」

はまっちの顔に笑みが広がって、雲の切れ目から太陽がのぞいたようだ。

クラス席からも、来賓席からも、最初はポツポツと、そして波を打つように大きく拍手が舞い起こる。

はまっちは丁寧にお辞儀をして、ぼくも一緒に礼をして、ふたり離れてクラス席に戻る。

高村君がこちらを悪戯っぽく見てきて、口パクで何か言っているようだ。

その後、2クラス合同の謝恩会があった。

幸いなことにと言うべきか、卒業式にも謝恩会にも、うちの親もはまっちの親も来ていなかった。

ぼくとはまっちは部屋の隅のテーブルのところに、テーブルといっても机を正方形になるようにくっつけて白いテーブルクロスをかけただけだが、立っていた。

高村君と花岡さんはこちらにやってきて、自然と4人になった。

「卒業式よかったな」

「最初はちょっとびっくりしたけど、うえっちが壇上に駆けのぼったから」

花岡さんもぼくのことをうえっちと呼ぶことにびっくりした。

「なんか映画のワンシーンでカッコよかったな」

「えっ」

意外な言葉だった。ぼくが卒業式をめちゃくちゃにしたんじゃないかと思っていた。

「そう、ダスティンホフマンの『卒業』ね」

花岡さんがちょっと声のトーンをあげて言う。『卒業』のシーンとどこが似ているんだろう、あれは確か、結婚式に乱入して、花嫁を奪いに行くという…すると、校長先生が花婿で、はまっちが花嫁、奪いに行ったのはぼく。

そんなことを考えて、ぼくはひどく赤面した。はまっちも真っ赤になってうつむいている。

ぼくは、恥ずかしさを誤魔化すために言った、

「高村君と花岡さんって、こんなふうにしゃべるんだ?」

「えっ」

ふたりは声を合わせて、顔を見合わせる。

「実は、わたしたち付き合っているのよね」

花岡さんは高村君の方をチラッと見て言う。

「えっ…」

えっばかり言ってしまうけど仕方ない、驚いているんだから。

「はまっちは知ってた?」

「うん、前から」

今眠りから覚めた子猫みたいに言う。

「小6で…付き合ってるの?」

「それは、うえっちには言われたくないなあ」

高村君がガハハと笑う。

「そうよね」

花岡さんも声を出して笑う。

ぼくたちもそれにつられて笑ってしまった。

窓の白いカーテンがパタパタと揺れて、春の風が吹き込んできた。

「あれっ、桜の花びらがふたりに」

花岡さんがはまっちの髪についた桜の花びらを、高村君がぼくの肩についた桜の花びらを、指先でつまんで見せた。

 

まだ、桜も咲いていないのに、どういうことだろう。

この薄いピンクの花びらはどこからやってきたんだろう。