はまっちはしばらくの間、すすり泣いていた。ぼくは、肩を抱きながらそばにいることしかできない。そのうち、ぼくもなぜか涙を流していた。
「ゆっくりでいいからね」
校長先生は落ち着いた声でそう言う。
いつの間にか、来賓席も静かになっている。
ぼくははまっちにハンカチを渡すと、はまっちはハンカチで鼻をかんだ。クラスの席からちょっと笑い声が起こる。
はまっちは恥ずかしそうに顔をあげる、でも顔は僅かに微笑んでいる。
そうして、ぼくの方を見て、今度ははまっちがぼくに自分のハンカチを渡して、ぼくの方を見てうなづく。
ぼくも涙を拭って、ハンカチではまっちに負けないように思い切り鼻をかんだ。さらに、生徒の笑い声が起こる。
「さてと」
校長先生が言う。いつの間にか、乙姫先生も隣のクラスの担任も壇上に上がっていて、柔らかい視線でぼくたちを見つめている。
「大丈夫かな?」
「はい」
はまっちがうなづく。
「ゆっくり大人になっていってください、浜崎さん。そして、ふたりとも」
はまっちの顔に笑みが広がって、雲の切れ目から太陽がのぞいたようだ。
クラス席からも、来賓席からも、最初はポツポツと、そして波を打つように大きく拍手が舞い起こる。
はまっちは丁寧にお辞儀をして、ぼくも一緒に礼をして、ふたり離れてクラス席に戻る。
高村君がこちらを悪戯っぽく見てきて、口パクで何か言っているようだ。
その後、2クラス合同の謝恩会があった。
幸いなことにと言うべきか、卒業式にも謝恩会にも、うちの親もはまっちの親も来ていなかった。
ぼくとはまっちは部屋の隅のテーブルのところに、テーブルといっても机を正方形になるようにくっつけて白いテーブルクロスをかけただけだが、立っていた。
高村君と花岡さんはこちらにやってきて、自然と4人になった。
「卒業式よかったな」
「最初はちょっとびっくりしたけど、うえっちが壇上に駆けのぼったから」
花岡さんもぼくのことをうえっちと呼ぶことにびっくりした。
「なんか映画のワンシーンでカッコよかったな」
「えっ」
意外な言葉だった。ぼくが卒業式をめちゃくちゃにしたんじゃないかと思っていた。
「そう、ダスティンホフマンの『卒業』ね」
花岡さんがちょっと声のトーンをあげて言う。『卒業』のシーンとどこが似ているんだろう、あれは確か、結婚式に乱入して、花嫁を奪いに行くという…すると、校長先生が花婿で、はまっちが花嫁、奪いに行ったのはぼく。
そんなことを考えて、ぼくはひどく赤面した。はまっちも真っ赤になってうつむいている。
ぼくは、恥ずかしさを誤魔化すために言った、
「高村君と花岡さんって、こんなふうにしゃべるんだ?」
「えっ」
ふたりは声を合わせて、顔を見合わせる。
「実は、わたしたち付き合っているのよね」
花岡さんは高村君の方をチラッと見て言う。
「えっ…」
えっばかり言ってしまうけど仕方ない、驚いているんだから。
「はまっちは知ってた?」
「うん、前から」
今眠りから覚めた子猫みたいに言う。
「小6で…付き合ってるの?」
「それは、うえっちには言われたくないなあ」
高村君がガハハと笑う。
「そうよね」
花岡さんも声を出して笑う。
ぼくたちもそれにつられて笑ってしまった。
窓の白いカーテンがパタパタと揺れて、春の風が吹き込んできた。
「あれっ、桜の花びらがふたりに」
花岡さんがはまっちの髪についた桜の花びらを、高村君がぼくの肩についた桜の花びらを、指先でつまんで見せた。
まだ、桜も咲いていないのに、どういうことだろう。
この薄いピンクの花びらはどこからやってきたんだろう。