無意識さんとともに

https://stand.fm/channels/62a48c250984f586c2626e10

私の内省

「光の国からぼくらのために、来たぞ、我らのウルトラマン〜♪」

光の人って聞くと、小さい頃見たウルトラマンをどうしても思い出してしまう。

光の国からやってきて、みんなのために怪獣と戦って、みんなを救うヒーロー。そうして、「ありがとう、ウルトラマン」とみんなの感謝と賞賛を浴びる。

だから、自分の中に、そんなウルトラマンになりたいなあという性欲動がどこかで渦巻いている。

性欲動とは、ぶっちゃけ、神になりたい欲動なのだが、神というより、自分の場合はウルトラマンのようなヒーローになりたい欲動だと思うとしっくりくる。

自己犠牲が「やめられない、止まらない」となるのは、おそらく、この性欲動と結びついているからなのだろう。

そうして、自分がウルトラマンのような光の人になるためには、闇の住人である怪獣がどうしても必要である。

そのためには、無理矢理にでも、怪獣を見つけ出して、あるいは作り出して、正義のため、みんなのため、みんなを悪から救うため、自己犠牲をして、自分を磨耗させ、自分の人生など放り出して、誰にも頼まれてもいないのに、命果てるまで戦い続ける。

キャー、カッコイイ!カッコよくて頭が痺れる。
ウルトラマンと書いたけれども、セーラームーンでもいい、あるいは何かに殉じるという生き方は同じく、ヒーロー、ヒロインを目指す道なのかもしれない。
けれど、見つけ出してきた、無理矢理ひねり出してきた怪獣の中身は、同じ人間なのだ。
私が、そういうストーリーに飲み込まれて、人間が怪獣の皮をかぶっているように見えるだけなのかもしれない。

無意識さんは、限りなく、私を私に、神になろうとしてやまない私を人間に戻してくれる。

そうして、私が、ウルトラマンの着ぐるみを脱ぎ捨てた時に、もうそこには怪獣はおらず、私が救うべき人もおらず、ただ当たり前の、ただの自分がいて、ただの人がいるばかりなのだ。