あれから以後、はまっちに会っていない。同じ学校だったら、自然と顔を会わせることもあるだろうが、違う中学校だから積極的に連絡を取って会わない限り、そういうことはない。
ぼくは何だか怖かった。あの時のはまっちが、小屋でふたりで過ごしたっはまっちがもうどこにもいないような気がして…。もう一度会ってその事実に直面することが耐えられなかった。
ひとりで小屋にも行ってみた。はまっちの言っていた通り、錆びついた南京錠はどうやっても開かなかった。
ぼくははまっちをなくし、この世界で唯一のよりどころもなくしたみたいだった。
もう、あそこに、あのはまっちの元に戻ることはないのだろうか?
けれど、中学校では、淡々と日常生活は進んでいった。
ぼくは同じ班の4人と班学習をし、掃除の後は教室でふざけ合い、そうそう、文芸部にも入った。
はまっちに会ってGWも終わった後、ぼくは4階の一番奥にある文芸部の部屋をおそるおそる訪ねた。
入学式の日に、担任の大橋先生に訪ねることを勧められていたことを忘れていたわけでもないが、何となくそれどころではなかった。
もう、部活が新入生を勧誘する時期は終わっていたから、今更ながら訪ねるのは気まずかった。それでも、ぼくは磁力に吸い寄せられるようにして、部室の前まで来てしまった。
部室に灯りはついてはいるが、人の声は聞こえない。
ぼくはとんとんとノックをしてみた。
「どうぞ」
と落ち着いた女性の声がする。
一瞬、逃げてしまおうかと思ったが、覚悟してドアを開ける。
中には、今、返事をしたと思われる上級生の女子がひとりと、後は同学年かひとつ上の学年かわからない女子がふたりいるばかりだった。
上級生の女子は、髪を見事なロングにして、古風なことに、机に向かって万年筆で原稿用紙に何やら書き付けていた。
まるで、紫式部のようだと思った。
あと、ふたりの女子は、少し離れた席にばらばらに座っていて、ひとりは文庫本を開いていて、もうひとりはノートにシャーペンで書き込んでいた。
部長とおぼしき上級生の女子は、顔をあげて、少しずり落ちたメガネの右枠を人差し指で上げて言った。
「ようこそ、文芸部へ。見学かな?」
「あっ、はい」
「と言っても、ご覧のとおり、見るものは特に何もないんだけどね」
そう言いながら紫式部(ぼくは、すでに心の中で、勝手にそのあだ名でその女性を読んでいた)は声を出して笑った。
「いや、大丈夫です」
「お名前をお聞きしても構わないかな?」
「上地智彦です」
「上地…ああ、そう言えば、だいぶ前に、大橋先生から聞いていたな。小説家志望の新入生が来るかもしれないからよろしくと」
ぼくは顔から火の出る思いがした。