あの更地となってしまった小屋を見た後、わたしはどうやって帰ったかも覚えていない。
それほど、衝撃的なことだった。
この世界でわたしとうえっちをつなぐただひとつの場所が失われてしまったのだから。
あそこには、わたしの人生の最良の思い出があった。
『そう、思い出…』
今までは、あの小屋でうえっちと過ごしたことは単なる思い出ではなかった、過去の出来事ではなかった。
あの小屋がある限り、決して色褪せない永遠の現在のことだった。
それが、あの小屋が消えてしまったことで、単なる思い出になってしまった。
この痛みは誰にもわかってもらえない、説明さえできない、うえっち以外には。
でも、もしかしたら、うえっちにもわかってもらえないかもしれない。どうして、わたしはうえっちもわたしと同じように思っていると考えているのだろう…?
そして、あの小屋が失われた今は、未来もなくなってしまったかのように感じる。
17歳の7月7日に、わたしはうえっちとどこで会ったらいいのだろう?
そんなことを考えているうちに、わたしは布団の中でうとうとしてしまった。
そして、次の日、わたしはなんとか、学校に出かけた。
やっとの思いで授業を受け、いつものように、怜と福井君と帰る。
目を腫らしているわたしを怜が静かな湖のような瞳で見つめて言う。
「サッチ、上地君と何かあった?」
「ううん、何もない」
「そう、それならいいけど…今日、私の家に寄らない?」
「えっ、どうして?」
「ただの思いつきなんだけど、都合が悪いかしら」
福井君は、存在を消して、ふたりの会話も聞こえないふりをしている。
「そんなことない、行くわ、ありがとう、怜」
わたしたちは福井君と別れて、怜の家に向かった。
途中、あの小屋のあった病院の前を通って、わたしの心はキリで差し通されたように痛んだ。
怜の家に来るのは、本当に久しぶりだった。
2階にあがり、左の部屋に入った。
部屋にはバラの香りがした。ピアノの上に置いてあるポプリの香りらしい。
わたしはそちらの方を見ると、怜は言った。
「いい匂いでしょう?」
「ええ、前来た時は、ラベンダーの香りだったけど、今はバラなのね」
「そうね」
「今日はお家の人はいるの?」
「ええ、お父様がいるわ」
それを聞いた瞬間、わたしはとんでもないことを口にした。
「怜のパパに会うことはできる?」
「ええ、できると思うけど、どうして?」
「怜のパパなら、わたしを助けてくれるかもしれないから」
今は元気に働いているママのことを思い浮かべた。
「聞いてきてみるわ」
そして、わたしはバラの香りに包まれた部屋でひとり待っていた。