高校が始まった。
自転車で10分で通える距離だった。それで、僕はほぼ毎日、放課後、無限塾にやってきて、自習室の教卓のところに座り、小学生や中学生の質問に答える。
小学生や中学生の質問に答えるには、僕も勉強しなければならない。
『1を教えるためには10知る必要がある』とどこかで聞いたような気がするが、どうやら間違っていないようだ。
質問にちゃんと答えられない時もある。そんな時に、自分のプライドを守るために誤魔化したくなる、けれど、そんな気持ちをグッとこらえて、『次までに調べてくるね』と言うのは簡単なことではなかった。
だんだん親しくなると、特に小学生男子とは、廊下で相撲を取ったりして遊んだ。僕自身、自分がこんなことをして遊んだことがなかったので、何だか自分の小学生時代を取り戻すような面白い経験だった。
また、質問だけではなく、いろいろな相談もしてくる。
高1の僕に、そんな相談に答えられるわけもないのだが、僕は親友の心に聞いてみる。
「上地さん、好きな子がいるんだけど、告白した方がいいですか?」
中1の佳菜子ちゃんが言ってくる。
「どんな子なの?」
「いつも机に突っ伏していて眠そうな男子」
「その子のどこが好きなの?」
「何だか、みんなと違っていてユニークな感じ」
「その子とは、よくしゃべるの?」
「席も離れていて、そんなに話したことはないの」
「そうかあ」
僕は、声に出さないで心に聞いてみる。
『心よ、佳菜子ちゃんはその男子に告白した方がいいの?』
『自転車の鍵』
『心よ、どういう意味?』
『自転車の鍵って言えばわかるよ』
「自転車の鍵って意味わかる?」
僕はおそるおそる佳菜子ちゃんに言ってみる。
「自転車の鍵ですか、確かにこないだ自転車の鍵を教室で拾ったんですけど、誰のものかわからなくて」
『心よ、その自転車の鍵をどうしたらいいの?」
『その男の子に尋ねてみる』
佳菜子ちゃんは、次の日、自転車の鍵をその男子に尋ねてみたら、その鍵がその子のもので彼と話せるようになったと、喜んで報告してくれた。
すごいと思ったが、何だか実感がない。僕は心が言っていることを伝えただけだから、実感もないのも無理はないかも知れない。
もちろん、自分のことも心に聞いている。
これどうしたらいいの、あれどうしたらいいのとかそんなことも聞くけれど、一番気になるのは、母親が支配者ということと、やはり、はまっちのことだ。
『心よ、母親が支配者ってどういう意味?』
『まだ、臍の緒がつながってる』
『心よ、どういう意味?』
『自分の人生ではなく、母の人生を生きている』
『心よ、どうやったら自分の人生を生きることができるようになるの?』
『斧でバッサリ臍の緒を断ち切る』
『心よ、どういうこと?』
『怒りの斧で』
『怒りの斧』???
今度ははまっちのことを聞いてみる。
『心よ、いつはまっちと会えるようになるの?』
『臍の緒が切れたら』
ああ、ここでも臍の緒なのか。