梅雨が明けた初夏の日差しが、釘山さんの顔をキラキラ照らす。
釘山さんは、この光景と似つかわしくないどろどろした悩みを僕の前で吐き出す。
「…ここまでは、この前も話したけれど、それだけじゃないの」
「どういうこと?」
「彼、楢崎君は私に…」
「釘山さんに何だって?」
何だか、言葉の語尾から予想できたけど、僕はあえて聞かざるを得なかった。
「ちょっと目をつぶっていて」
僕は、すぐにぎゅっと目を閉じた。
「いいわよ」
目を開けると、Yシャツを脱いだ釘山さんが背中をこちらに見せている。
そして、背中はところどころ、紫色に腫れ上がっている。
「これって暴力を振るわれているってこと?」
「そう」
釘山さんは、さっと脇に脱いだシャツを羽織ると、こちらに向き直った。
「まだ、顔とか腕とか目立つところじゃないから、いいんだけどね」
大したことでもないかのように、まるで照れ隠しであるかのようにエヘヘと笑う。
「笑いごとじゃないよ」
「それなのに、別れることができないんだ」
「そうなの」
急に、釘山さんの顔は幼い子供のように見えた。
「…」
「だから、催眠をかけてほしいの。このままじゃ、どうしようもないから」
僕は、先ほどの背中を頭に浮かべながら、次の言葉を出そうにも出てこなかった。おそらく、背中だけでなく、前にも殴られた跡はあるのかもしれない。
そんな状態で、僕にできることがあるだろうか?
藤堂先生を紹介するのが、僕のできるベストではないのだろうか?
「藤堂先生という人がいてね」
「私は、上地君に催眠をかけてほしいの」
釘山さんは僕の言葉を遮るようにして言う。
「僕は大したことはできないよ」
「それでも、どうしてもお願い」
そう言われれば、僕がやるしかなかった。
「僕がして何も変わらなかったら、藤堂先生を紹介するよ。それでもいい?」
「わかったわ、そうするから」
僕は観念して、催眠を始めた。
「まず、両手を膝の上に置いて、目を閉じていただけるでしょうか?」
「はい」
釘山さんは素直にちょこんと膝の上に手を置いて、目を閉じる。
「今、あなたは、吸う息、吐く息を鼻の先に感じることができます」
釘山さんはうなずく。
「両手と膝が触れ合う感覚も感じることができます。
また、足の裏の感触も味わうことができるかもしれません。
そうしていると、体の動きがなくなってきていることも発見することができるかもしれません。
さらに、閉じている瞼の裏には、明るいぼうっとした光が見えているのかもしれません。
万華鏡のように、色々な色が煌めくのも見えていることもあるでしょうし、
また、それだけでなく、イメージが現れるのに気づくこともあるかもしれません。
そうしているうちに、心が惹きつけられてだんだんと落ち着いていることにも気づくかもしれません。
僕があなたに話しかける声を聞くことができます、そうではないでしょうか、釘山さん。
自分のかすかな呼吸の音を聞き分けることもできるかもしれません。
そして、自分の心臓の脈打つ音も聞こえることもあるかもしれません。
自分の心と体の声、自分が自分自身に望んでいることがだんだん明らかになることもあるかもしれません」
僕も、語りながらぼうっとしてトランス状態に落ちていった。