僕は慣れないことで、たじろいだが、マリア様に付き合うことを報告した後の誓いのキスのつもりなのかもしれない。
「外のベンチでもう少し話しましょ」
御堂の外にはさまざまな種類の木が植えてあって、そこには木製のベンチが置いてあった。
ちょっとひとめにつかないところだった。
僕は、ミサの後、そこで外国人のカップルが激しく抱き合ってキスしていることを思い出して赤面した。
自分の顔の赤さがKさんに知られないことを願ったが、幸運なことにもう真っ暗でお互いの顔もよくわからない。
ベンチに座ると、Kさんは距離を詰めてきた。
「ほんとに私でいいの?」
「はい」
「付き合うってどんなことだか知ってる?」
「ええ、まあ」
後から考えると、僕の考えていることはKさんの考えていることと全く違っていたのかもしれない。
僕は、電車の時間が気になって仕方がなかった。
「急がないと、電車がなくなりませんか?」
「そんなことはどうでもいいの、それより、君に話しておかなくちゃならないわ」
「はい」
そう言われれば、それ以上言えることはなかった。最悪、歩いてでも僕は家に帰れる。
「さっき、居酒屋で私が病気だってこと話したでしょ」
「そうですね」
僕はすっかり酔いが醒めていた。
「病気って何の病気だと思う?」
「…わかりません」
「…心の病気なの。それでも佐藤君は構わないの?」
「構わないです」
僕はあまり考えずに返事をしたのかもしれない。
「わかった。じゃあ、覚悟があるのね」
「えっ、まあ、はい」
「じゃあ、これからホテルに行きましょう」
「どういうことですか?」
僕は頭から水をいきなりかけられたようだった。
「すべて失う覚悟があるんでしょ。もちろん、何もしないわ。ただ、覚悟を見せて欲しいの」
僕は混乱した。一体、どういうことなんだろう?キリスト教徒の僕の常識からすればありえないことだった。しかも清楚で敬虔なKさんの口から出る言葉とも思えなかった。
僕は、腕時計を見た。夜光塗料の塗られた針はとっくに終電の時間を過ぎている。
「どういうことですか?」
僕は、少し怒りを含んだ声で言った。
「もう、終電の時間を過ぎているでしょ。それとも、こんな時間にたったひとり、私を残していくつもり?」
「…それは、まあ、できません」
「じゃあ、そうするしかないでしょ。どうせなら、豪華なところがいいわ」
僕は流れに押し切られるしかなかった。以前の僕なら、松沢さんの時のように何もかも振り切って逃げ出したはずだが、相手が自分と同じカトリックということでそうすることはできなかった。