僕も何だかうつらうつらしていた。
そうして、目を開けると、はまっちが目の前に座っていた。
「うえっちも眠っていたの?」
「どうやら、そうみたいだね。何だか喉が渇いた」
「私も。もう3時になっているわ」
確かに、腕時計を見ると3時を過ぎている。何だか時間の感覚がおかしな気がする。
はまっちはキッチンに行った。しばらくすると笛吹きケトルがピーっとなって、お茶を入れているらしい。
ガラガラ戸を引いて、はまっちが現れた。トレイには、以前も見たことのある渋い湯呑みと、青磁の皿に、先ほど買った和菓子が載せてあった。
僕は、もう一度、水羊羹を見た。下は普通の水羊羹だが、上の部分が濃紺の寒天なのかゼリーなのか、その中に細かな金箔で作った天の川が埋め込まれている。
「綺麗よね」
はまっちが僕の方を見る。
「本当にそう、綺麗だね」
僕は水羊羹からはまっちの顔に視線を移し変えて言った。
はまっちはちょっと顔を赤らめた。
「話があるんだ」
「うん」
はまっちの浴衣が目に鮮やかに飛び込んでくる。まさに、この瞬間のための浴衣なのだろうか?
「僕は、ずっとずっと、はまっちが好きだった」
「知っているわ。そして私もそう」
「そして、今もはまっちが、以前よりも好きなんだ」
はまっちは驚いたように僕をじっと見る。
「それで、付き合ってほしい。誓いとか約束ではなく、ただはまっちが好きだから」
はまっちはしばらく黙っていた。
それから、意を決したように口を開いた。
「うれしいわ…それで、うえっちが私を幸せにしてくれるというの?」
僕ははまっちの言葉にたじろいだ。でも、嘘はつけなかった。
「僕は、君を幸せにするとかそんなことは言えない。はまっち、君を幸せにするのは君だから、僕を幸せにするのも僕であるように。ただ、君と一緒にいたい、君は君のままで、僕は僕のままで」
「安心したわ。うえっち、あなたは大人になったのね」
「そうかな」
僕は照れ笑いをしてみせた。
「どんなにこの日が来ることを待っていたことか、私からも言わせて。うえっち、あなたと一緒にいさせて」
「ありがとう、もちろんだよ」
僕の心臓が早鐘のように打った。僕ははまっちの方に自分から近づいていって、はまっちに手を伸ばし、抱き寄せた。
僕ははまっちを優しく抱きしめて、それから静かに唇にキスをした。
2回目のキスだったが、けれども1回目のキスだった。
ローテーブルの上では、まだ手付かずの和菓子が2つのお皿に1つずつ、濃紺の空に無数の天の川が光を瞬かせていた。
僕と幸子は、ようやく、星の砂を漁り終えて、天の川の真ん中で出会ったのだと思う。