光は全速力で駅の方に向かって走っていたが、右手に公園があるのを見つけるとそこへ入っていった。
私も、冷や汗をかいたうえに、今度はあつい汗をかきながら、光の後を追って公園に入った。
お昼時だからか、子供も大人もいない。
がらんとした公園のブランコのすぐそばのベンチに光は座っていた。
そして、顔を両手で覆って泣いていた。
私はよろよろと光の右隣に座った。
どうしていいかわからなかったが、右手で光の背中をポンポンと軽く叩いた。
すると、光の泣き声はますます大きくなった。
「来なければよかった、来なければよかった、こんなところに来なければよかった」
「そうだね、そうかもしれないね、ごめんね」
「何でともちゃんが謝るのよ」
「ごめん」
私は他に言葉がなくて、光のささくれだった心を余計ささくれ立たせるとわかっていても、同じ言葉を繰り返すしかなかった。
「淫らと言われたのよ…」
光は震えながら嗚咽し出した。
光の教会の文化と私の教会の文化は異なっている、それでもその言葉は決して言ってはならない言葉だった、まして牧師が。明らかに光を傷つけるために放たれた言葉だ。
けれど、私はなんて言ったらいいかわからなかった。
光のすすり上げるような泣き声を聞きながら胸が割れるように痛くなりつつも、私の頭の中には、色々な計算が駆け巡っているようだった。
『光の言ったことは正しい。
おそらく、教会のかなりの人が思ったことだろう。
それでも、説教の最中に、ああいうふうに言うのはどうなんだろう。
礼拝の後に、質問の形式でまだ尋ねていたら、良かったかもしれない。
けれど、もう取り返しがつかないことは確かだ。
私と光がこのまま付き合って、結婚するとしたら、牧師は私たちの結婚式には出ないだろう。
そうしたら、そうしたら…』
わずか数秒のうちに、私のコンピューターがカタカタとそんなことを弾き出す。
でも、最適な答えは見つからない。
「大丈夫ですか?」
いきなり、背後から話しかけられて、私たちは体がびくんと反応した。
振り返ると、岡田姉妹という60過ぎの女性、光の言葉に拍手をした、かつて岩本先生の秘書をしていた女性が立っていた。
「おふたりが出ていったので、私も心配で出てきました」
「ありがとうございます、岡田姉妹」
光はまだ体が震えていて、話すことができない。
「私が拍手なんかしてしまったから、余計、追い詰めてしまったのではないかと」
光はその言葉を聞くと、まだ小鳥のように震えながらも、顔をあげた。
「そんなことないです、あの拍手がなかったら…」
光の代わりに私が答えた。