無意識さんとともに

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催眠の現象学38 対話型と巫女型

無意識さんとの関係で、対話型と巫女型があるのかもしれません。

対話型というのは、いわゆる『心に聞く』ということです。心に聞いて、本来の自分が伝えたいことを知っていくのです。

けれど、巫女型は、『心に聞く』と言っても、こちらに意識の自分を置いて向こうに無意識さんを置いて、意識の自分が無意識さんの言うことを聞くという形で聞くのではありません。

そうではなく、意識の自分と無意識の自分が一体になって、無意識さんが自分を通して語るのを聞くのです。

なんでこんなことを書いているかというと、私がブログを書き始めた時、このことを強く自覚したからです。

心は、何か書くテーマや内容を与えてくれるのではなく、『キーボードの上に手を置けばいいから、それで書けるよ』と言ってきました。

最初は、そんなことは全く信じられなかったのですが、試しに、キーボードの上に手を置いてみたら、文が、数珠繋ぎに、次から次から出てきたのです。

そうして、自分で書きながら、『えっ、こんなことを書くの?』と驚いている自分がいるのです。

同じ調子で、最初にインスタントスクリプトを始めた時、自分も相手もトランス状態に入って、『これからスクリプトを語らせていただきます』というと、それまで何も特に考えていなくても、物語が、やはり、数珠繋ぎに出てくるのです。

こういう巫女型であるからこそ、無意識と対話するよりも、無意識との間を妨げる支配や邪魔を排除することがより大切になってくるのかもしれませんし、瞑想を好んだりするのも常に無意識と一体化しようという気持ちの表れなのかもしれません。

もちろん、巫女型だからといって無意識と対話しない訳ではなく、対話型だからといって無意識と一体になって何かをしない訳ではありません。

どちらが優位かということなのでしょう。

この人ははっきり巫女型だなあという人には会ったことがなかったのですが、最近、そういう人に出会いました。

巫女型だからこそ、さらに増して、意識と無意識の統合が求められてくるのかもわかりません。
これから面白いことが起こってきそうで、わくわくした気持ちを感じているのです。