佐藤さんに催眠術をかけることになった。
「まず、親指と人差し指を立てて離して、それ以外の指は組んでください」
「こんな感じ?」
ショートカットにした佐藤さんが目をクルクルと好奇心でいっぱいにしながら言う。
「そうそう、そんな感じ」
「それから?」
「人差し指を見ていると、だんだん指が近づいてきます」
「ほんとだ、近づいてくる」
「テレビで見たことあるけど、そういうふうに組めば近づくの当たり前じゃないの?」
保倉さんが急に割り込んで来て言う。
「ちょっと、黙っていて。えーと、そうして、指がぴったりつくと、だんだん瞼が重〜くなってきます」
佐藤さんは素直にと言うべきか、瞼が下がってきて、目を閉じる。
「そうすると、心はさらに深く催眠の中に入っていきま〜す」
佐藤さんは静かになって、何だか眠っているようだ。
「おい、何かやらせようぜ、上地」
仁平くんが悪戯っぽい瞳で言う。
「変なことやらせたら承知しないからね」
保倉さんがすかさず言ってくる。
「そうだなあ、何がいい?」
「ここは無難にクラスで一番好きな男の子は誰かと聞くのがいいんじゃない?」
ポニーテールを揺らして、保倉さんは笑いながら言う。
えっ、それって無難なことなのと思ったが、仕方ない。ちょっと良心の呵責を感じながら尋ねてみる。
「クラスで一番好きな男の子は誰ですか?」
みんな、何て答えるか、息をのんで待っていた。
…
「えーと、上地君」
「えっ」
ぼくは顔が赤くなった、しかしその瞬間に、
「うっそー」
佐藤さんはパッチリ目を開けて、手をひらひら振りながら言った。
ぼく以外のみんなはその様子を見て、笑い転げた。
「だって、あんまり一生懸命だからかかってるふりしてあげなきゃと思ったの」
「だよな〜」
「だよね」
…
その後、みんなもやりたいと言うので、交代で催眠術をかけ合った。最後に、保倉さんがぼくにかけてみると言い出した。
同じ手順を踏んでいって、保倉さんはお決まりの質問をしてきた。
「上地君のクラスで一番好きな女の子はだあれ?」
ぼくは何だかうつらうつらしながら、答えた。
「浜崎さん…」
「えっ誰?」
すると、何か、柔らかくてみずみずしいものが頬に触れるのを感じた。
「えっ何?」
思わず目を開けると、佐藤さんが、斜め右で、水に濡らした消しゴムを手に持って笑っていた。みんなも爆笑した。
「ところで、浜崎さんって誰?」
ぼくは何て答えたらいいかわからなかった。どういうふうに言ってもちょっと違うような気がしてならなかった。それで、答えなかった。
すると、仁平君がぼくをくすぐってきて何とか白状させようとしたが、ぼくは屈しなかった。
他の二人の女の子はゲラゲラ笑っていた。
夕陽が部屋に差し込んでいた、笑い声がいつまでもいつもでも響いていた。