無意識さんとともに

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夢のかけら

女の子は、そのこじんまりした小さなブランコと大きなブランコしかないところで遊んでいたんです。

女の子は髪をおさげにして、赤いジャンパースカートを身につけていました。

見回しても、誰もそこにはいないのです。

一瞬ためらわれましたが、静かなそこに、女の子はそっと足を踏み入れました。

一歩、二歩、三歩…

小さなブランコに近づいて、腰をおろします。

そうして、思いきったように、頬を膨らませて、ふーっと息を吐いてから、左右のローブを握りしめ、その感触を手に味わってから、ブランコをこぎはじめました。

前へ高く、そして低く、後ろへ高く、そして低く、前へ高く、そうして低く、後ろへ低く、また低く、前へ高く、また低く、後ろへ高く…

目にみえる景色が変わり、耳に入ってくる音の聞こえ方が変わり、頬に触れる空気の感じ方が変わります。

女の子はもう何もかも忘れて、ブランコをこぎ続けるのです。

自分がブランコを揺らしているのか、ブランコが自分を揺らしているのか、それさえもわからなくなって。
あかね色に染まった雲と、あんず飴のような太陽にふっと気がついて、女の子はブランコから立ちあがろうとした瞬間、

目に入ってきたのは、銀色の、いえ、夕日に照らされて金色に光る大きな方のブランコです。

そのブランコは、ひとり用のものではなく、何人かで乗り込んで、みんなで呼吸を合わせて漕ぐものなのです。

『ひとりでブランコをこぐのも楽しいけれど、みんなでこいだらもっと楽しいのだろうな』

女の子はそんなことを考えて、目を伏せます。

 

次の日、女の子は、また、そこに戻ってきました。

今度は、小さなお気に入りのピンク色のポーチを肩からかけています。

ジッパーを開いて、そこから、茶色の何かを取り出します。

その茶色のかけらには、水や火や空気や大地が踊っているような、そんな不思議な模様があるのです。
「これは遠い日の夢のかけらなのかもしれないわ」、女の子はそんな言葉を人知れずつぶやいてみるのです。
この茶色の破片は、女の子の宝物だったのです。女の子はこれを遺跡発掘の現場で働くお兄さんからもらってから、ずっとずっとずっと大切にしてきました。

そして、どんな日も、うれしい日も悲しい日も、このかけらを取り出しては眺めてきたのです。
かけらを裏返すと、一粒、石化した種なのでしょうか、そんなものがついています。

そんな、ずっと大切にしてきた宝物を、今日、ここに持ってきたのは、ここにそれを埋めるためなのです。

なぜって、大きな夢をかなえるには、夢の種が必要なのかも知れない、そんなことを思ったからです。
この夢のかけらを名残惜しそうに、日にかざして見つめてから、手で土を掘り起こし、そこに入れ、土をかぶせました。

 

それから、また、そこに来てみると、なんということでしょう?
数人の女の子や男の子がそこで遊んでいました。
私を見ると、声をかけてきます。
「一緒に、遊ぼうよ」

ごっこやかくれんぼをして遊びます。

そうして、ひとしきり、鬼ごっこやかくれんぼをした後に、私は全力を振り絞って言うのです。

「ねえ、あそこの大きなブランコに乗らない?」

他の子供達は、顔を見合わせました。

「もちろん、いいよ」

みんなで、大きなブランコの乗り物に乗ってこぎだします。

みんなは座って、ひとりの子が立って、ブランコを思いきり左右に揺らします。

ビュンビュンと景色は左右に動き、ブランコが揺れる音が耳に響き、隣に座っている子のぬくもり、そしてブランコが揺れる振動が体に伝わってきます。
最初は、ひとりが笑い出し、次にもうひとり、さらにもうひとり、そして、私までが笑い出すのです。
何だか、とっても愉快で、もうなんだってできる気がするのです。

そのまま、世界に飛び出して、冒険に向かえそうなそんな勇気も感じるのです。

そんなことを、毎日繰り返し、楽しく日々は過ぎていきました。

けれど、私がある日、来てみると、もうそこに他の子はいませんでした。
『どうしてなの?』

私は、あのかけらを埋めたところにしゃがみ込んでつぶやきます。

何だかわからない入り混じった感情があふれて、頬を伝わって、涙が一粒、そこに落ちるのです。
そうして、私さえもそこを訪れることは稀になったのです。

そんなある日、もうひとりの女の子がそこを通りかかります。

ふと、視線を投げかけると、そこには、明らかに雑草ではない、緑の草がすらっと生えているのです。

『これは何かしら?でも面白いわ』

鮮やかな緑の葉がたくさんついていて、風で鈴を鳴らしたように音を立てます、手で触れると柔らかな葉が指先をくすぐります。
女の子は、家に帰って、ジョウロと肥料を持ってきて、ジョウロを使って水をあげ、周りをスコップで掘り返して、肥料をあげます。

『いったい、何が咲くのかしら?』

それを楽しみにして、毎日、世話していくのです。
そうして、ついに、ある日、白い、白い、白い、純白の薔薇が咲いたのです。

純白の薔薇は、太陽の光を目に痛いほどキラキラと反射させ、微風に揺らいで微かな音をたて、芳しい香りを放っています。
『みんなに知らせなくちゃ』

女の子はそう思ったのです。

同級生の友達に、女の子にも、男の子にもこの白い薔薇のことを知らせました。
そして、その中には、そう、あの赤いジャンパースカートでおさげのあの女の子、つまり、私も混じっていたのです。

それから、公園はいつも賑わいを見せて、小さなブランコも大きなブランコも笑い声と共にゆれ、白い薔薇の周りにも薔薇に見惚れる人たちが途切れることがないのです。