(これはフィクションです。登場人物など現実のものとは関わりがありません。)
私がバランスを欠いているように、光もバランスを欠いているように思えた。
体は大人の女性、心は思春期に入りたての少女のようだった。
私たちは毎日のように電話をし、1ヶ月に1回ぐらい、私が三重に行くこともあれば、光が東京に来ることもあった。
会えば、とにかく時間ギリギリまでずっと2人でいたいということで、カラオケ店をよく利用した。
最初は、神様の話で時間が過ぎる。
ひととおり、そんな話が終わると、私たちはなぜかリラックスする。
光はピンクのバッグから何かをもぞもぞと取り出す。
「ほら、これどう?」
四角い緑色の缶を取り出す。
「振ってみて」
振ると、何だか中で音がする。
「何でしょう?」
悪戯っぽい笑みを浮かべ聞いてくる。まだ、午前中のカラオケにはお客がいないのか、ひっそりしている。
「クッキーかな?」
「開けてみて」
蓋の周りを頑丈にもテープで巻いてある。そのテープを引き剥がして、固い蓋を開ける。
パカンと音がして、蓋が開く。
中に入っているのは、白いマッシュルームにも似たゴロンとしたスコーンだ。
よく見ると、プレーンのものとレーズンが入っているものがある。
「自分で焼いたの?」
「うん、初めて焼いたからうまく焼けたかどうかは自信ないけど」
「ありがとう、うれしいよ」
「紅茶が好きだって言ってたでしょ、だから…。食べてみて」
光は、さらにバッグからステンレスボトルを取り出して、中の液体を注いだ。
ふわっと香りが薫る。
「入れ立てのミルクティーというわけにはいかないけれど」
「いただくね」
私は紅茶を飲んで、口を潤してから、スコーンを砕いて口に入れた。
ほろっと口の中でほどける感じが心地いい。
「おいしいよ、おいしい」
そんな言葉を言うと、光は目に涙を浮かべている。
「どうしたの?」
「だって、人に褒められたことないから」
「えっ、教会で賛美リーダーしていたら褒められるんじゃないの?」
「そんなことないわ、人が褒めたってそれは神様のものだから」
「ああ」
ちょっと前まで私たちはごく普通のカップルのような気がしていたが、こちらの現実に戻される。
「それに、褒めてもらいたい人には褒めてもらったことがないの」
光は眉根に皺を寄せてから、それから唇を震わせた。
私は『一緒に祈ろう』と言おうと思ったが、それは何だかとても違うことのように思った。
そうする代わりに、私は光を抱きしめた。
そして、髪をゆっくり撫でた。