3歳ぐらいの時、不動産業をやっていた父親の部下にKという男性がいたんです。
幼い私はKに可愛がってもらい、毎日、車でいろんなところに連れてもらって行きました。
ある時は、Kは朝から夜まで私を連れ回して、帰って来ないので大騒ぎになったそうです。
私の記憶というのは、このKのことです。
その日も私はKの車に乗り、どこかの家か部屋に行きました。
そこには、Kの妻なのか、恋人なのか、女性がいたんです。
ふたりは、幼い私の前で、性的な交わりをし始めました。
それだけではなく、私の下着を下ろしたんです…
これが本当の記憶なのか、それともフォルスメモリーなのかはわかりません。
けれども、小さな頃からずっと、性的なものに対する激しい嫌悪がありました。また、自分が男性なのに、男性に対する拭い去ることのできない気持ち悪さも。
それは、自分を含めてのもので、無意識で、自分が汚れ果てているような感じ。
高校生の時に、国語の時間に、中原中也の詩が教科書に載っていました。
あの、汚れちまった悲しみにという詩です。
私は、気持ち悪くて、気持ち悪くて、吐きそうになりました。
けれど、自分がなぜそんな過剰反応を起こすのかわかりませんでした。
記憶がよみがえるだけでなく、目の前の薄暗い部屋の片隅に、膝小僧を抱えて顔を伏せている小さな男の子がいます。
近くに寄ると、カタカタ震えているのがわかりました。
まだ、髪の毛が若草のように柔らかくて…、私はどうしたらいいかわからなくて、頭に不用意に触れてしまったんです。
すると、その子は、ショック反応を起こして、脱力してその場に倒れ込んでしまいました。
どうしたらいいんだろう?
それから、どうやって介抱したのか、もう覚えていません。
ただ、ワークをしながら、手のひらと額に冷や汗をべっとりかいていました。
この子に毎日、会いに来ましたが、石のように固まっていて、一言も発してくれません。
もう、不用意には近づかないで、距離をとって座って、そこにいるだけです。
そうして、そんなことを続けましたが、ある日、一言、この子が言ったんです。
「誰?」
毎日、一緒にいて、自分に害を加える人ではないことがわかったのでしょうか?
「大きくなった君だよ」
そんなことを言って通じるのかと思いましたが、その子は黙って聞いていました。
その日の会話はそれきりでした。
それから、少しずつ、話をするようになりました。
そして、またある日、男の子の口から言葉が溢れてきたんです。
「気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、いやだ、いやだ、いやだ…」
声はどんどん大きくなって、ついには叫び出す感じでした。
いつの間にか、私自身も、声を合わせていました。
「そうだよね、気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い、いやだ、いやだ、いやだ…」
思い切って、その子に近寄って抱きしめると、一瞬、ブルッと震えていましたが、私にしがみつくと、今度は大きな声で泣き始めました。
鳴き声は私のからだの中にずんずん響きます。
そうやってどれぐらい泣いていたでしょうか。
私は3歳の自分をそのまま自分の腕の中に眠らせたんです。
また違う日、男の子は前より、少し元気になった気がしました。
そうして何気ない会話をしましたが、話の途中、急に真顔になって言います。
「おじちゃん、僕って汚れているの?」
…
「そんなことない!君自身は汚れてなんかないよ」
私は思いのほか、強く言ってしまいました。
そうして、IFSのマニュアルに書かれているように、言いました。
「全部、吐き出そうか?もう君に関係ないから」
この子は川に吐き出すと言います。
それで川に行って、二人で中に入って、口から全部、吐き出します。
心にも、からだにも溜まった汚いものは吐き出されて、川の流れに運ばれて消えて行きます。
全部、吐き出してしまうと、男の子は初めて、子どもらしくにっこりと笑ったんです。