「豊島園」
少年はそうつぶやきます。
豊島園とは練馬区にあった遊園地のことです。
少年を連れ出して豊島園に行きました。
「何に乗りたいの?」
「…」
年頃の男の子らしく、ジェットコースターに乗りたいのかと思っていました。
「何に乗りたいか言ってごらん」
小さな声で、思いがけない乗り物の名前を少年は口にします。
(今、書いている時点で思い出したのは、そう言えば、まだ家がうまくいっていた時に、父親と母親に豊島園に連れて行ってもらって、母親と一緒にティーカップに乗ったことがあったということです)
私たちはティーカップに乗りました。
ぐるぐるまわると、ティーカップに乗っている周りの人が見えます。周りの人は、母親と小さな子の親子連ればかりです。
あっけなく、音楽が止んで、ティーカップから降ります。
次に乗りたいものを尋ねると、少年はやはりティーカップと答えました。
そんなふうにして、3回は乗ったでしょうか。
そうして、なんだか、少年は少し吹っ切れたのか、顔に生気が出てきたようでした。
それで、私たちは、部屋に戻ろうとしますが、ここでセラピストの声が聞こえてきます。
「その子を安全な場所に連れていきましょうか」
そこで、私はあそこから遠く離れた別のところに、別の部屋に連れていくことにします。
その部屋に連れていくと、少年はフーッと長い息を吐きました。
そのうち、疲れたとだけ言って、眠りました。
…
どれぐらい時間が経ったのか、部屋の窓には夕陽がさしています。
少年は目を開けました。
すると、今まで、曇りがかかっていたような目が青空のように晴れていました。
「ありがとう」
とても落ち着いた力強ささえ感じさせる声です。
「この少年の姿を、他のパーツにも見せてはどうでしょうか」
セラピストの声が響きます。
私はいろんなパーツをこの部屋に連れてきました。
みんな、良かったと言って、目に涙を溜めています。
特に、アリスさんとようこさんは、号泣しています。
それぞれのパーツの役目が終わったのです。
「それぞれのパーツに今までの役目から解き放たれて、これからどうするか聞いてみてください」
アリスさん:「南の島の浜辺でくつろいで、海の家でもやろうかしら」
ようこさん:「カフェのついた花屋さんを開きます」
人を批判するパーツ:「旅に出る」
Gのような虫のパーツ:「花の咲く草原でスローライフを送るぜ」(この虫はのちに、なぜかわかりませんが、カブトムシになりました。もう人に嫌われるようにして、人を遠ざける役目が終わったからかもしれません)
独占したい手:「大工仕事をしようかな」
押し返す手:「絵を描こうと思ってる」
その後は、今も毎朝、パーツたちとエグザイルたちに会いに行っています。
こんな感じです。
まず、海の家のアリスさんに会いに行くと、彼女は朝ごはんを用意して待っています。今日はパエリアでした。
そうして、アリスさんと一緒に、ようこさんの花屋さん兼カフェに行きます。
自動ドアが開くと、チャリンチャリンと音が鳴ります。左側は花と観葉植物、右側は一面ガラスになっていて真ん中にマホガニーのテーブルがあります。
右側には、朝明けの富士山が見えるのです。
デザート担当はようこさんです。
3人でテーブルに着くと、お茶を飲みながら、今日のおやつを少しだけ味見しながらたわいもないことを話します。
今日は、マーブルケーキだったかな。
それから、3人でまず0歳児の部屋に向かいます。
ベビーベッドから抱き抱えると、腕の中で力強く伸びをするのが感じられます。
0歳児のはずですが、少し成長してもう大きくなっているようで、自分で歩きたがります。
次に、5歳児の部屋をノックすると、すごい勢いで出てきます。必ず、おじいちゃんにもらったカメラを首にぶら下げています。車の写真を撮っていて、ちょっと前はレーサーになりたいって言ってました。
次に、草原にいるカブトムシに会いに行きます。毎日、飽きずによく来るなあとちょっと憎まれ口を言いますが、本当のところはうれしそうです。
それから、3歳児の部屋を訪れます。この子はインディアンの戦士に憧れていて、そんな格好をしているのです。
最後に、二人の手さんの家を訪ねます。サンルーフになっていて、光で満たされています。ひとりの手が描いた壁には白馬の絵が飾られていて、もうひとりの手が作った、全員が座れるような大きな白木のテーブルがあります。
そこに、朝ごはんとデザートを並べると、7歳児を迎えに部屋に行くんです。
彼は科学者になりたいそうで、白衣をきて、アインシュタインを気取っています。
みんなテーブルに着くと、たわいもない話をしながら、朝食とデザートをいただきます。
食べ終わると、みんなで円陣を組んで、こう言います。
「今日もみんなで楽しく生きまっしょい!」
それから、ひとりひとりとハイタッチをして、私は現実世界に戻ってくるのです。
(私は、これをパーツセラピーの瞑想と称していて、たぶん、一生、彼らに会いに行くことになるんでしょう)
終わり