あのアパートの部屋とは、7歳の私と妹が置き去りにされたあそこです。
少年は、畳をしきりにむしっています。
何だか、目がギラギラしています。
おずおずと話しかけました。
「こんにちは」
少年は、チッと言っただけで、何も答えません。
ただ、こちらを正面から見据えています。
懲りずに話しかけてみます。
「何をしているの?」
それでも何も答えません。でも、いよいよ、私の顔をじっと見つめます。
そうして、何分も過ぎていきます。
ついに、何か破裂したかのように、言葉を発します。
「見りゃわかるだろ」
私は、少年の怒気を含んだ声に、ちょっとひるみます。それで、しばらく何の言葉を発することもできません。
「見りゃわかるだろって言ったんだ、聞こえてないの?」
…
「聞こえてるよ」
なんか喉がカラカラになるのを感じて、ようやく返事をします。
「だったら、聞けよ」
さらに、少年の怒りは燃え盛るように感じられます。
「お父さんは出て行った。お母さんもあとを追って出て行った。みんな僕を見捨てた」
少年の中の火山が爆発しているみたいです。
「僕と妹はここでどうなるかわからない。昼間は怖い人がドアをどんどん叩いてくる。妹はなくばかり。お父さんとお母さんはどこに行ったのというけれど、答えられない」
少年は震えながら、息を切りながら、叫ぶように言います。
「みんな見捨てたんだ、お父さんも、お母さんも、みんな」
「お父さんも、お母さんも、嫌いだ。みんな嫌いだ、こんな世界も嫌いだ」
「憎い、憎い、憎い。お父さんもお母さんも、みんな死んじまえ。こんな世界滅びちまえ」
少年はあらん限りの声で叫びます。ブルブル全身が震えています。
…
思わず、私はどうしていいかわからず、けれど、何を思ったか少年を抱きしめます。
少年はものすごい力で抵抗します。
それだけでなく、私の肩を全力で叩きます。
そして、なおも、父と母と世界に対する呪いの言葉を吐き続けます。
何だか、痛い、痛い、痛い。痛くてたまりません。
「僕も嫌いだ、僕も憎い、僕なんかいなくなれ、僕も滅びちまえ」
少年は、今度は、自分を呪い始めます。
それを聞いていると、私はどうしようもなくなり、目から涙がふきだし始め、嗚咽するしかなくなります。
…
そうやって、どれぐらい経ったことでしょう。
…
「おじちゃんは、なんで泣いているの?」
先ほどの声とまるで違う声で、少年は心配そうに話しかけてきます。
「大丈夫だよ」
「うん」
「君の中のすべてをどこに吐き出そうか?」
「土の中」
少年はポツリと答えます。
私は少年を連れ出して、近くの空き地で穴を掘ります。
少年はその穴に、内臓が全部出てしまうんじゃないかと思うぐらい、吐き出しました。
私と少年は、一緒に、その上に土をかぶせました。
「少年のしたいことを聞いてあげてください」
イメージの中に没頭していた私にカウンセラーの声が急に入ってきます。
「君はしたいことある?」
…